「海を守る」とかいう漠然とした言葉の意味を、おこがましくも考え続けるブログ

魚オタクの筆者が、「海を守ること」「より多くの人が海の恩恵を受けること」をテーマに、たくさんの人の知恵をつなげようというブログです。 科学的な目線、社会的な目線…色々な視点から、より多くの方と関われればと考えています。 ご賛同もご反論も、ドシドシお願いします! ブログの詳細はこちら http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/2690844.html ※あくまで個人的なブログです。所属する会社等とは無関係ですのでご注意ください。

カテゴリ: 水産業

先日、テクノオーシャンさんというフリーペーパーに、昨年改正された漁業法に
ついて記事を書かせていただきました。
https://docs.wixstatic.com/ugd/507b39_7bed1af184614aeab9e32842227bfd16.pdf
主な内容は、減ってしまった漁業資源を回復させるための国の方針。


国は「食用の魚種がそれぞれ海にどれだけの量いるか科学的に調べて、
見合った水準まで漁獲を抑え、資源と漁獲を復活させよう」という姿勢です。
ただ、この改革を巡って、少し言い争いが起きています。

記事の通り、漁獲を抑える方針に漁業現場から反発がでているのです。
そりゃ、そうですよね。
漁師さんから見て、漁業規制は「将来の収入を増やす(であろう)」けれど
「目先の収入を確実に減らす」ものですから。


漁業規制の話には、漁業現場からの反対が起きる。これは割と世界共通です。
ですが、欧米ではここ数十年、科学者や環境団体や政治家などの
エリート層が機運を高めて、漁業現場の反対を押しながらも、
法的な漁獲規制を進めてきました。
監視しやすい大規模漁業では資源の回復が目立ちました。


日本で漁業規制を強めようという動きが生まれた背景にも、欧米の
エリート層や、そこと近しい日本人からの提案がありました。
とはいえ、こうした提案は何年も前から行われていたのに、実際の法改正は
昨年まで進まず。水産業界や近しい政治家の反対が強かったようです。
そして、制度自体ができた今も、反対感情はまだ強くある。
感情が強いゆえ、制度を実際どう動かしていくかという話し合いが、
今ひとつ進みづらい空気です。


思えば、悲しいすれ違いでした。
規制を提案する側は「適度に規制しなきゃ、魚が減って漁師さんが儲からない」
提案される側は「規制なんかされたら、日本の漁業がダメになる」と
それぞれ思ってきた。
ほぼ全員「漁業が盛り上がったほうが良いよね」で一致している。なのに、
小さなすれ違いから不信感や対立が生まれ、問題解決よりも感情対立に焦点が
当たってきました。


しかしながら、少しずつ、雪解けの気配も見えてきています。
意見の違う者同士、対立するだけではなく、知識を交換して
日本の漁業の良い部分を残し、伸ばし、改善点には向き合っていく。
そんな流れは生まれつつあります。上手くいけば、
日本の漁業は、アジア・アフリカなど世界の小規模漁業を、漁村を、
そして海の環境を救うための、お手本となれる。
むしろ日本こそ、世界のお手本になり得る唯一の国だと、筆者は考えています。


では、漁業規制の“推進派”と“慎重派”がどうしてすれ違ってきたのか、
どうすれば単なる対立ではなく知識の交換に向かえるのか、
そして、どうして日本の漁業が世界の海を救う潜在力を持つのか。
これから、何回かに分けて探っていきます。

土用丑のシーズンですね。
おさかなジャーナリスト的には「ウナギが減ってるんだって?」なんてよく聞かれます。

実際、1975年漁期に国内で96トンあったウナギ稚魚の捕獲は、2013年漁期に5トンまで減りました。その後の捕獲もイマイチで、資源がいないとか絶滅危惧とか言われています。

シラスウナギ推移
(水産庁サイトより)

だから、次に来る質問は「ウナギ、食べて良いの?」

これに本音で返すなら、
「本当に食べたいって人は食べるべき。ただし、“丁寧な”方法でね」
「それも、本当は外国と協調できてこそだけど…」です。

・・・

【商品価値があるから、関心を得られる】

確かにウナギの資源は危機的です。でも、だからといって「1匹たりともウナギを食うな!」として、本当にウナギを救えるんでしょうか。答えはノーです。

そもそも、誰もウナギを食べなくなれば、ウナギが絶滅しようと増えようと、誰も関心を示さなくなるからです。

皆が「魚って美味しい!もっと食べたい!」と思えるからこそ、皆が「魚が獲れるように、自然を守ろう!」となります。そうならないと、必要な調査費用や政策が用意されません。

「魚や水辺の自然を守ろう!」という話になると「日本人は貴重な魚でも食べてしまう、けしからん」という人も多いんですが、逆の発想も大切ですよね。

・・・

【実質採り放題の現状】

一方で最近、ツイッターではこんなアカウントが流行っています。
うなぎ絶滅キャンペーン
(ツイッターの同ページより)

今や絶滅危惧種のニホンウナギをファストフード店やスーパーで安売りしまくっている、そんな現代日本をブラックユーモアたっぷりに皮肉るもの。

これも一理あります。

現状、ウナギ稚魚の養殖池入制限は、好漁の14年漁期から2割減の22トンです。
22トンに届いた年は2010年代に入ってから2回だけ。つまり、現状は規制している体裁を採りつつも、「実質入れ放題、採り放題」に近い。
シラス池入制限と実測値
(同ツイッターページより)

これほど緩い“制限”になったのは関連業界の意向と聞きます。
日本だけでなく、中国や台湾にも養殖業者は多くいます。
そして関係業者からすれば、制限が緩いほど目先の商売はしやすいわけです。

(こういう話をすると、ウナギビジネスへの暴力団やマフィアの介入公然と行われる密輸がトピックになりやすいのですが…今回の本筋からは逸れるのでリンクの紹介だけにしておきます)。

しかし、減った資源を無理に採り続ければ、資源も漁獲も将来的にさらに減ることになります。

・・・

【環境変化は「規制不要」の口実にならず】

僕はここ5年間、何度も水産関係者に「採る量の規制を強め、資源を回復させないのか」と尋ねてきました。

1番多かったリアクションは「ウナギの減少は河川の工事のせい」との反論。
次にありがちなのが「海流変化が悪い」など環境変動という見解。
ほぼ誰も「採りすぎ」の責任は認めず、捕獲規制に及び腰でした。

が…いや、いやいや

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工事が問題というなら、建設業者や国交省に訴えて解決策を研究すべきでしょう。

そして、原因が何だろうと、資源が減った時には採りすぎない努力が必要です。
工事のせいでウナギの住み処が7割減ったなら、採って良い量だって7割減る(本当はもうちょい複雑な計算が要りますが)。
要するに、採る量を減らさなければ、捕獲が自然界の再生能力を超えてしまうのです。

それに、数が減っている時に捕獲を抑えないのは、わずかに生き残った資源を追い打つということ。
実際、過去に水温などのせいでマイワシホッケが減った時も、日本の当局は「漁業のせいではないから」と言って漁獲規制をあまり強めず、産卵魚不足を起こし、資源を壊してしまいました。

・・・

【薄利多売から「大きく高く」】

日本でマイワシやホッケが消えた時、当然、関連産業は衰退しました。同じように、ウナギ養殖も減退しつつあります。
これでは漁業者も加工業者も流通業者も消費者も魚たちも、誰も幸せにならない。
現状の「採り放題」、得策とは言いがたいです。

だったら、今やるべきは、「採りすぎず、それでも成り立つ業界」をつくることでしょう。
採る量を厳しく制限して出荷量を絞り、さらにウナギ1尾あたりの出荷サイズを大きくして、殺す尾数を少なく、得られる単価を高くしていったり。
余ってしまった養殖スペースや足りなくなってしまった蒲焼き需要は、ウナギ以外の魚で補ったり

「いっぱい生産していっぱい売ろう」ではなく、「丁寧に生産して高く売ろう」という発想です。

こうすれば、ウナギの値段が上がり、消費者には辛い。
でも、今まで通り「たくさん採りたい、安く食べたい」「捕獲規制も取引規制も避けていこう」という態度では問題を先延ばしにするだけ。その後も「採れない、値上がり」の流れがズルズル続いてしまうはずです。
何も解決せず、他の先進諸国から「また乱獲か」と批判され、では悲しすぎます。

そもそもウナギを安く食べられたのは、バブル期に日本が中国や台湾にウナギの生産を頼み始めてから、たった30年くらいの間だけ。
その30年が特別だっただけで、ウナギは本来、貴重な魚なんです。これから、「どうしても食べたい人だけが、ハレの日に高い値段を出して食べる」という商材に戻していくべきじゃないでしょうか。

・・・

【岐路に立つ東アジアの水辺】

こうした対策をするなら、関係国全体で足並みを揃える必要があります。
広く泳ぎ回るニホンウナギを守るには、日本だけじゃなく中国や台湾、韓国も含め、皆でやらなきゃ意味がないのです。
以前はほぼ日本人だけが食べていたウナギですが、最近は中国の消費が追い抜いてきましたしね。

ニホンウナギのすむ東アジア諸国は、経済力があり、魚をよく食べ、漁業規制には反発しやすい。そして何かにつけ、いがみ合っている。
皆、他国(や科学者)に責任をなすりつけて、自制しない口実としがち(例:クロマグロ)。
国同士が団結して魚を守ることは、本当に難しいことです。

でも、ウナギに限らずサンマやスルメ、色々な資源が東アジアで減っています。
このまま放っておいて皆で損するなら、そして自然や資源をつぶしてしまうなら…救いがありません。
こうした魚たちを足がかりに、水産業の将来を考えることはできるはず。

各国で牽制しあい利用し合いながら、未来ある水産業をつくるか。
不要ないがみ合いから乱獲競争を続け、資源を壊していくのか。
その岐路に、今、僕ら東アジア人は立たされているのでしょう。

・・・

【まとめ:東アジアで奇跡を見たい】

つまり、ウナギを守るには「関係国全体で協調する」ことと「生産したものはしっかりした値段で食べる」こと、それによって「しっかり調査研究と資源保全をすること」、さらに「他業種(建設業とか)とも連携すること」が大切。
そのためには、東アジア各国で、環境問題に本気になって取り組むという気風ができないといけない。
ハードルはあまりにも多く、高い。こんな魚、僕はウナギ以外に知りません。

ハードルが超えられなければ、どうなるか。
ウナギの生態を考えると、本当に絶滅してしまうことはないとは思いますが…減少は続くはずです。
当然、養殖業やウナギ食文化が成り立たなくなることも考えられます。

正直、ハードルはよっぽどの奇跡がない限り超えられないし、ウナギも蘇らないでしょう。
でも、裏返すと、ウナギ問題で奇跡を起こせれば怖いものなしです。

ウナギを増やせるくらい魚や環境を大切にする東アジアになったら…
ただでさえ栄養豊かな水域です。それに見合うだけの魚が戻ってくれば…とんでもない量の食料を供給できます。
ダイビングや釣り、モリ突き…そういう遊びも楽しくなるでしょうね。

僕らが生きている間に、そんな奇跡を見てみたい。淡く淡く期待しつつ、今回は筆を置きます。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載


(問)などでは「科学的に魚を守ることの大切さ」を

(問1011)などでは「科学者と漁師さんが分かり合えていない現状」を

それぞれお伝えしました。


いくら科学的に見て「漁業規制を強めた方が魚が増えて漁師さんも儲かる」となっても…

実際に漁をするのは漁師さんです。


漁師さんが科学に納得できなければ、規制は守られづらくなってしまいますし、科学者と漁師さんの間に感情的なしこりができてしまう。良くありません。


恐らく一番大切なのは、漁業界が「漁業規制は『仕事の邪魔』ではない。規制は、将来の自分たちの漁獲と収入を高めてくれるもの」という空気づくり

前提として漁師さんと科学者が分かり合うこと


そのために、科学者は漁師さんとコミュニケーションの機会をつくり、分かりやすい情報発信を心がけること。

漁師さんは、科学者に耳の痛いことを言われても、ちゃんと向き合うこと。


こうして科学者と漁業界、お互いが歩み寄ることが不可欠。これが筆者の結論です。


・・・


米国では、漁獲量を規制する時、必ず科学者の勧告に従って決めると法律で定めています。


米国海洋大気庁の元長官はこう説明します(リンク参照)

漁獲量を決める時、漁師さんの声を基にすると、『もう少し獲らせて』との声が重なって『頑張りすぎ・資源枯渇』につながりやすい。

科学的な漁業管理には反対する漁師さんもいるが、効果は絶大だ。科学を重視し始めた当初の2008年と比べ直近で、米国内の(魚資源が回復して)漁獲量が23%、水産関係(加工・流通など含む)の雇用が35%増えた」。


一方で、元長官はこうも言います(リンク参照)

漁師さんの納得なく政府が資源規制を押し付けたところで、漁師さんは抜け穴を見つけ出す。規制は守られない。

漁師さんに対し『(漁獲を規制て)短期的には損かもしれないが、長期的には得をする』と伝え納得を得る。これが政府の役割。きちんと会話し合意を得る時間が必要」。


そして、漁師さんの納得を得るために大切なのが科学だということです。


・・・


一方の日本では、科学者が「頑張りすぎ」を指摘しても、それを認めない空気が、漁業界に強く残っています(問7参照)

恐らく、今の日本の漁業界に一番大切なのは、みんなが前向きに

漁業界が「漁業規制は『仕事の邪魔』ではない。規制は、将来の自分たちの漁獲と収入を高めてくれるもの」

自分たちの商売のためにも、資源保全を頑張ろう!」

と思える空気づくり…だと筆者は考えています。


・・・


そのために、科学者は漁師さんとコミュニケーションの機会をつくり、分かりやすく情報発信をする必要があるでしょう。


国の会議で、科学者が「この魚種は今、これだけ海にいますよ」「こういう理由で減っていますよ」という説明をすることがあります。

ただ、科学者の説明は専門用語や難しい数式ばかり。正直、よほどの専門知識がなければ理解し切れません。

科学者側には、もっと噛み砕いた説明ができるよう、練習が必要です。


科学者が勇気を持って漁師さんに話しかけることも大切です。

科学者が「『頑張りすぎ』なんて指摘したら、漁師さんや行政に怒られる」と話しかけるのをためらうケース(問7参照)も多いのですが…

ちゃんとコミュニケーションを取らなければ伝わるものも伝わりませんし、そもそも、どういう話し方をすれば伝わるのかも体得できません。


そして、科学者は漁師さんとコミュニケーションを取らなければ、漁師さんから情報をもらうこと(問10のような感じ)もできなくなります。


科学者が漁師さんとコミュニケーションを取ろうとしたとき、行政が怒ったりせず応援してあげるのも大切です。


・・・


一方の漁業界は、科学者に耳の痛いことを言われても、ちゃんと向き合わないといけません。


確かに(問3)でお書きしたように、日本の漁業には誇るべき歴史があります。

ですが(問7)のご指摘したように、誇りや先入観が邪魔して「頑張りすぎ」た過去と向き合えていない部分があるはずです。


(問4)のように、「頑張りすぎ」れば、業界は自らの首を絞めてしまいます。


そして、問()のように、魚が減った理由を環境条件や外国、一部の企業ばかりに押し付けてしまえば、「頑張りすぎ」に対策できなくなってしまいます。



時代の変化の中で、船は動力化され、ソナーやGPSが入り、網は強くなりました。
その結果「頑張りすぎ」ていたとしても、日本の漁業が長い歴史を持ち、
高い漁獲効率も、多種多様な魚を生食できる形で出荷できる技術を育んできた。

世界に誇れる漁業をつくりあげてきた。この事実は動きません


意地になって「頑張りすぎてなんかいない、これまでのやり方で良い」と叫ぶ必要はないのではないでしょうか。 

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載


前回まで、筆者は「『頑張りすぎ』が起きないよう、科学的に漁業を抑えることが大切」と書いてきました。


ただ、漁業を抑えようというと、漁業規制を強めようとするのは漁業を邪魔しようという悪だくみに違いない」と考える水産関係者の方が多くいらっしゃいます(問7参照)


その理由として業界の方がよく挙げるのが「一部の学者やメディア、環境団体が、科学を一部だけ都合よく切り取って、情報を誇張して『日本の漁業は乱獲放題!』と攻撃しているあんなもの嘘ばかり。信じるべきではない」という見方です。

おっしゃる通り、批判ありきの不正確な情報発信が、一部に見られます


問()では「日本の漁業界が業界への批判を避けるため、魚が減った理由を環境条件や外国、一部の企業ばかりに押し付けて『頑張りすぎ』を示す科学情報を無視してしまっている」と指摘しましたが…

全く逆で、「頑張りすぎでない」部分を無視してしまう構造です。


情報を捻じ曲げてしまえば「頑張りすぎでない」漁業にまで規制が入って、本来獲れるはずの魚が獲れなくなってしまう。漁業界の方が反発するのも当然です。


ただ、「頑張りすぎ」を批判する人も擁護する人も、どちらも悪気があるケースは稀です。

お互いが冷静さを失って、悪意なく情報を捻じ曲げてしまうケースが多い…と筆者は見ます。


大切なのは、意見の異なる者同士ができる限り冷静に情報と向き合って、意見交換して、できるだけ正確に「どの漁業が『頑張りすぎ』か」を判断することです。


・・・

太平洋クロマグロを例にご説明しましょう。
激減していて、主な理由は日本漁業の「頑張りすぎ」だとされている魚です。
参照:
http://www.jfa.maff.go.jp/j/tuna/maguro_gyogyou/attach/pdf/bluefinkanri-9.pdf

話題になるのが、「子どもの魚」と「親魚」、どちらへの「頑張りすぎ」がより問題なのか…
ということです。

一時期、よく
「日本海の産卵場で大規模な漁業会社が親魚を一網打尽に獲り始めた。その直後に資源が減り始めた。親魚の乱獲が主因で減ったのだ」
「大規模漁業のせいで資源が減ったのに、小規模な沿岸漁業が漁業規制されている。おかしい」
「大規模漁業会社は親魚を獲って儲けるため、政治力を使って水産庁とグルになり、漁業規制を逃れている」
なんて情報が拡散されていました。

(「クロマグロ 天下り」などで検索いただけると、こういう情報がたくさん見つかります)

ただ、この情報は、現状の科学とは合いません。

確かに、産卵親魚の大規模漁が始まった直後に資源が激減したのは事実です。
大規模漁の資源へのダメージについて、水産庁から詳細なデータが公表され切れていないことも間違いありません。
こうした情報だけ切り取ると、「大規模漁のせいで資源が減った」ように見えます。

ですが、
クロマグロが産卵を始めるのは3歳以上になってから。ですが、漁獲尾数の98%は2歳以下(上のリンク参照)。
「親魚の保全が足りていないかも知れない」というなら間違っていませんが、明らかにもっと問題なのは、未成魚の獲りすぎです。

そして
(問8)で書いたように、太平洋クロマグロ資源量へのダメージの約3割は、日本の小規模漁業が占めています。
漁師さんの人数が多く、クロマグロの未成魚多く獲っているからです。

「水産庁からの天下りが儲けるために…」なんて発信も見ますが、天下り団体がそこまで儲けているという認識は、筆者にはありません。
天下りの団体がここまで漁業規制に反対するのは、「金儲けのため」というより「業界の空気に従って」
(問7参照)いるだけだと見た方が適切。そう分析します。

・・・

(問8)の繰り返しになりますが、人情として「弱き(小規模漁業)を助け強き(大規模漁業)をくじくこと」を「正義」と感じるのは自然なことです。
そして、正義心と感情をくすぐる上のような情報発信は人に注目されやすい。

ですから、読者の正義心をくすぐれば、より多くの人に「頑張りすぎ」問題を伝えることができます。


ですが、感情に任せてしまえば、小規模漁業者の意見「だけ」重んじて必要以上に大規模業を貶めたり、小規模漁業に必要な管理が抜け落ちたりしかねない。

そして何より、「大規模漁業VS小規模漁業」「漁業界VS環境団体」などの無用な対立を生みかねないのです。

「頑張りすぎ」を批判する方には、無用な対立を生まないよう、より正確な情報発信をお願いしたい。
筆者は、そう考えています。

・・・

上のように「頑張りすぎ」を批判する方。
そして
(問7)のように「頑張りすぎ批判」を敵視する漁業界の方

どちらも、「自分たちが正しい、異なる意見は敵」と考えるケースが多いように、筆者には見えます。
こうなると、お互いに「敵を倒す」ことが目的になる。敵を倒そうと熱くなれば、冷静に情報と向き合えなくなってしまいます。

ですが、「頑張りすぎ」を批判する方も擁護する方も、実は「日本の漁業に元気になって欲しい」という目的意識は、ほとんどの方で共通だったりします。

大切なのは、できる限り冷静に情報と向き合って、できるだけ正確に「どの漁業が『頑張りすぎ』か」を判断すること

そのためには「誰が悪いか」ではなく、「何が問題で、どうすれば解決できるか」判断すること


「敵だから、嫌いだから」というだけで相手と向きあわなければ、お互いに判断を誤ってしまいます。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

筆者は「頑張りすぎないために、科学者の知恵を入れながら漁業を管理した方が良い」と書いてきました


ここで「科学だって正しいとは限らないじゃないか」とツッコミたい漁業関係の方も多いかと思います。


おっしゃる通りです。科学は不確実なものです。

そんな不確実な科学を、行政サイドが一方的に漁業者に押し付けるのならいただけません。

しかし、最も実績のある武器が科学(問4参照)というのも現実です。

 

だからこそ、科学を使いつつも、海を熟知する漁業者の知恵も生かす必要があります

大切なのは、科学者と漁業者、お互いが協力することです。

 

・・・


さて、漁業規制をする際、先進国では「科学的に見ると、海には何トンの魚がいそうだ。だから、うち何トンまでなら獲って大丈夫」なんていう風にして漁獲量を決めることが多いです。


ただ、海に何トン魚がいるか、正確に調べることはできません。

1度調べて得たは良いけど、「別の調査もして計算しなおしたら全然違う結果が出ちゃいました」…なんてこともある訳です。


そこで米国の漁師さんから、こんな意見が出ています。

米国で科学的な漁業規制が入った当初、われわれ漁師は科学を信用していなかった。

だがその後、自分たちが(科学者らに魚の情報を発信し)科学の一部になれるのだと気づいた。漁師は賢く、魚の居場所などを熟知している。だから、科学者や行政に提案と対話ができる。

対話するうち(科学的にやれば魚と漁業を守れるという)信頼が生まれた。だから米国では科学的な資源管理が支持を得た」。


科学者の足りない部分を漁師さんがフォローする。

そうしてお互いが知恵を磨き合い、より深く海を理解していくということです。


日本には

魚が減っているとか『頑張りすぎ』とか指摘すると、漁業規制を嫌う漁業界や、業界との揉め事を恐れる行政ににらまれる。だから魚の状態を楽観的に見積もらざるを得ない」と嘆く科学者が沢山います(問7参照)が…


それよりも、漁師さんと科学者が知恵を合わせる米国式の方が、広い海を守るには向くのではないでしょうか。


・・・


今の日本では、科学データがある程度集まっていて、かつ食糧として重要なマダラなどの魚種に対しても、漁業団体が「科学を信用できない」として、漁業管理を強めさせまいとする様子が多く見られます。


そして水産行政の関係者からは「最近までの水産庁と漁業界は、『科学は正しいとは限らない。だから漁業者の意見を優先して漁業を管理すべき』という姿勢を貫いてきた」と聞くことが少なくありません。

ですが「正しいと限らない」ことは「軽んじて良い」ことの根拠にはならないはずです。

漁師さんの意見が正しい保証だってないのですから。


意識しないといけないのは、海を科学で理解しきるなんて不可能だということ。
「このデータは間違っているかも」と揚げ足を取っていれば、永遠に科学だけを無視してしまうことになりかねません。


大切なのは、科学者と漁師さん両方の意見を聞き、より筋の通った意見を練り上げいくこと

仮に科学者より漁師さんの発言力が強い(問7参照)としても、科学者の意見ばかり捨ててしまうのはもったいないです。

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