日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

筆者は「頑張りすぎないために、科学者の知恵を入れながら漁業を管理した方が良い」と書いてきました


ここで「科学だって正しいとは限らないじゃないか」とツッコミたい漁業関係の方も多いかと思います。


おっしゃる通りです。科学は不確実なものです。

そんな不確実な科学を、行政サイドが一方的に漁業者に押し付けるのならいただけません。

しかし、最も実績のある武器が科学(問4参照)というのも現実です。

 

だからこそ、科学を使いつつも、海を熟知する漁業者の知恵も生かす必要があります

大切なのは、科学者と漁業者、お互いが協力することです。

 

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さて、漁業規制をする際、先進国では「科学的に見ると、海には何トンの魚がいそうだ。だから、うち何トンまでなら獲って大丈夫」なんていう風にして漁獲量を決めることが多いです。


ただ、海に何トン魚がいるか、正確に調べることはできません。

1度調べて得たは良いけど、「別の調査もして計算しなおしたら全然違う結果が出ちゃいました」…なんてこともある訳です。


そこで米国の漁師さんから、こんな意見が出ています。

米国で科学的な漁業規制が入った当初、われわれ漁師は科学を信用していなかった。

だがその後、自分たちが(科学者らに魚の情報を発信し)科学の一部になれるのだと気づいた。漁師は賢く、魚の居場所などを熟知している。だから、科学者や行政に提案と対話ができる。

対話するうち(科学的にやれば魚と漁業を守れるという)信頼が生まれた。だから米国では科学的な資源管理が支持を得た」。


科学者の足りない部分を漁師さんがフォローする。

そうしてお互いが知恵を磨き合い、より深く海を理解していくということです。


日本には

魚が減っているとか『頑張りすぎ』とか指摘すると、漁業規制を嫌う漁業界や、業界との揉め事を恐れる行政ににらまれる。だから魚の状態を楽観的に見積もらざるを得ない」と嘆く科学者が沢山います(問7参照)が…


それよりも、漁師さんと科学者が知恵を合わせる米国式の方が、広い海を守るには向くのではないでしょうか。


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今の日本では、科学データがある程度集まっていて、かつ食糧として重要なマダラなどの魚種に対しても、漁業団体が「科学を信用できない」として、漁業管理を強めさせまいとする様子が多く見られます。


そして水産行政の関係者からは「最近までの水産庁と漁業界は、『科学は正しいとは限らない。だから漁業者の意見を優先して漁業を管理すべき』という姿勢を貫いてきた」と聞くことが少なくありません。

ですが「正しいと限らない」ことは「軽んじて良い」ことの根拠にはならないはずです。

漁師さんの意見が正しい保証だってないのですから。


意識しないといけないのは、海を科学で理解しきるなんて不可能だということ。
「このデータは間違っているかも」と揚げ足を取っていれば、永遠に科学だけを無視してしまうことになりかねません。


大切なのは、科学者と漁師さん両方の意見を聞き、より筋の通った意見を練り上げいくこと

仮に科学者より漁師さんの発言力が強い(問7参照)としても、科学者の意見ばかり捨ててしまうのはもったいないです。