日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

 

前回、筆者は

「日本の漁業界では環境条件などを言い訳に、必要な『頑張りすぎ規制』まで入らないことがあった。この背景に『日本漁業は頑張りすぎでは』という意見を敵視したり軽視したりする空気がある」

と書きました。

 

こうした空気は、業界側の「漁業を守りたい」という気持ちの現れであり責められません。

しかし、この空気のせいで、業界が「頑張りすぎ」問題を客観的に捉えられなくなっていた

そして問題解決が先送りになっていたことは否めません。


この空気感といかに向き合うかが、日本漁業復活への最大の鍵だと筆者は考えています。

 

「そんなこと本当にあるのか」と思った読者の方も多いでしょう。

漁業関係の方には厳しい指摘になりますが、実例と背景分析を書いてみます。

 

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筆者が水産行政関係者・科学者・ベテラン記者らと話をしていると

今まで、国内漁業の『頑張りすぎ』を指摘する科学者は、漁業規制を嫌う漁業界や、業界との揉め事を恐れる行政ににらまれてきた。だから科学者は、資源の状態を楽観的に見積もらざるを得ない。

過去には水産庁から科学者に、データそのものの改ざん(例:北洋サケマス漁の漁獲量過少報告など)も強要していた。こうした空気は変えないといけない

という声が絶えません。

 

代表例はマイワシ(太平洋)です。環境条件のせいで1990年代前半に減少した後、2007年ごろまで漁獲規制が強まらず追い打ち。資源は崩壊しました。

 

ただ、水産庁や関係団体は、少なくとも去年まで「マイワシの減少は環境要因が主因」「日本の漁獲減少の主因はマイワシの減少(日本の資源減は「頑張りすぎ」のせいではない)」と説明していました。

要するに「日本の漁獲が減ったのも『頑張りすぎ』のせいではない、日本の漁業管理に問題はない」という発信です。

 

「マイワシは『頑張りすぎ』で追い詰められた」と論文には出ていた(リンク参照)のですが、それを口にしてはいけない空気が、関係する科学者や行政官の間にあったと聞きます。

 

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そもそも、漁業関係全国団体や水産系大学には

「日本で、漁業管理はすでに十分されている。これ以上漁業規制を強めようとするのは漁業を邪魔しようという悪だくみに違いない」

と本心から思っている方が多いです。

だからこそ彼らは日本の漁業を守るためという善意で、漁業規制に反対します。

 

業界として、「漁業規制を強めよう」という人を悪人とみなしがちなのです。

「漁業規制を入れた方が魚は増えるし、漁師さんも儲かるよ」と根拠立った説明をする人がいても、ちゃんと理解する前から「悪人の言葉には乗らないぞ」と拒絶してしまったりする。

(特に、環境団体や欧米政府を悪者と決めつけてしまう関係者が多いです)

 

もちろん、内心では「本当は日本の漁業、『頑張りすぎ』だよね」「環境団体のいうことにも一理あるよね」と思っている漁業関係者(特に研究者)はいるのですが、上のような空気の中でなかなか本音を言えません

 

一方で、「魚が減った理由は環境変動や中国のせいだ」「魚は減っていない」「日本の漁業管理は世界最高レベル」などなど「日本の漁業は今のままで良い」という方向性の意見は、根拠が不十分でも業界の支持を得たりする。

こういう意見を言う人は「漁師のことを考えている」「日本漁業をよく勉強している」と高評価され、業界への発言力を増していく。

 

こうなると業界に集まる情報の幅がどんどん狭くなって、客観的な状況判断がしづらくなります。


「漁業の『頑張りすぎ』で減っている」という魚種が90あって、「『頑張りすぎ』でない」という魚種が10しかないとしても…

「頑張りすぎでない」10魚種の情報ばかりに注目して、「漁業は今のままで良い」と結論付けてしまう。そんな空気です。

 

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なぜ、漁業関係者は「頑張りすぎ」を指摘する人、特に欧米や環境団体をそこまで嫌ってしまうのでしょうか。


筆者は
①遠洋漁場から追い出されてきた過去

②日本漁業の歴史に対するプライド

の2つがポイントだとみています。

 

【①遠洋漁場から追い出されてきた過去】
1970~90年代、欧米主導で国際的な漁業規制が厳格化。

日本の漁船が海外や公海の漁場を追い出され、廃業するケースも相次ぎました。

 

環境団体主導で科学データや法律を捻じ曲げて解釈され、強引に捕鯨を止められたこともありました。

この経験から、特に60代以上の水産関係者は「欧米や環境団体の進める漁業管理を受入れたら、商売をつぶされる」と警戒心を持っている場合が多いです。

 

【②日本漁業の歴史に対するプライド】
漁業関係団体の方の多くは、「日本の漁業界は自主的に魚を守ってきた」という歴史
(問3参照)にプライドを持っています。
そして、戦後、世界中の漁場を開拓し、しばらく漁業生産量世界一として突っ走り、世界の水産業を引っ張ってきたというプライドもあります。


部外者から「日本漁業は『頑張りすぎ』では」「欧米が『頑張りすぎ』を止めて魚を増やしている」という指摘を受けると、「歴史もロクに知らない人間が、素晴らしい日本の漁業をバカにするのか」と熱くなってしまう場合があります。

①②から、漁業関係の各団体に「日本の漁業管理はすでに世界最高レベル。漁業規制は漁業界の邪魔だ」…という価値観が根付いたのだと筆者は捉えています。

 

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そして、世界中、多くの漁師さんは漁業規制を提案された時「漁業を規制されたら目先の漁獲と収入が減る。ただ、規制されても、将来魚が増える保証はない」と考え反対します。


その時、行政や政治など「お上」サイドが、「漁業の未来のために規制が必要です」と説明できるか。

あるいは「反対されても、未来のために規制は断行します」と言うかどうか。


日本では漁師さんの人口・発言力が大きく、環境団体の人口・発言力が小さいです。

「お上」サイドは漁師さんサイドとの揉め事を嫌い、環境団体サイドを無視する形で、説明や規制を先送りにしてきた…という部分も大きいです。


こうして、日本の漁業界では「頑張りすぎ」を指摘すること自体、許されない空気がつくられてきた。

これが筆者の現状認識です。


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とはいえ、漁師さん「だけ」が主導し漁業規制を緩くしていると、「頑張りすぎ」で魚がいなくなり、漁師さん自身が損をする

むしろ、科学者の知恵も借りてしっかり漁業をコントロールしてこそ、末永く、魚が獲れ続ける。それが漁業や水産業の得になる。過去の日本(問4参照)を見ていても、そこは否定できません。

 

日本の漁業が過去に「頑張りすぎた」としても、それは一生懸命働いたというだけ。その過去を恥じたり、自尊心を損ねたりする必要はない。

ただ…漁業を本当に復活させたいのなら、頑張りすぎた過去を無かったことにせず向き合って、考え方とやり方を修正する必要がある。

 

筆者はそう結論します。


読者の皆様はいかがが思われたでしょうか。

ご意見、ご反論等いただけますと幸いです。