日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

でも、「ちょっと待って!日本の漁師さんは自主的に資源を保全してるじゃん?」

そうツッコみたくなった読者の方も多いはずです。

 

実際、その通りです。日本では自主的な資源保全が浸透しています。

特に、漁師さんの自主性を生かして計画立てていること、漁師さんの人数がコントロールされていることは世界的にも先進的です。

 

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日本では、奈良時代の法律に魚の獲りすぎを戒めるような文言が明記されています。そして江戸時代には幕府が、現代の「漁業権」の原型となる法律をつくりました。

漁業権を与えられた漁業者同士・漁村同士は話し合いをし、使ってはいけない漁法・漁期などを定め続けてきました。

http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/nri1705re1.pdf

 

行政が(実質的に)漁協組織だけに漁業権を与え、漁協が中心となって漁師さんが増えすぎないようコントロールしたり、地先の海の漁業規制をつくったり

そういう取組が、ほとんど途切れずに200年以上も前から続いてきたのです。

 

欧米で法的な漁業規制が本格導入されたのは1970年代以降ですから、その歴史は50年にも満たない。そして欧米以外での法整備はさらに後です。

日本は「頑張りすぎ」対策で世界の先を行っていました。

 

しかし、その後、漁業技術が発達。漁船にエンジンや魚群探知機、頑丈な漁網などが普及。

結果、「自主的な資源保護策が浸透している」のに「『頑張り過ぎ』は進行している」。

この、一見矛盾した状況が現実になってきているようなのです。