「いや、ヘタしたら命かかってるし(←HEROのキムタク風)」
今の世界を見ていて、思わずつぶやいてしまいそうです。

どうも、近年の世界では、環境問題や貧困の解消を訴える“優等生”的な人と、そこに反感を持つ人が分断されがちだからです。
反感は「偉そうだし、うさん臭い」
「優等生が正義ぶって対策すると、俺たちが経済的に損するんだよ」というような感じ。

先進国のリーダーからも「環境対策とかを重んじる人たちが力を持つと、日本やアメリカの経済が規制されるし中国が得をする。中国のための陰謀を止めろ」と、人の分断をあおる声が目につきます。
確かに、経済や中国の問題を心配するのも大切ですが…
「ちょっと乱暴すぎない?」とツッコまざるを得ません。

そもそも、環境問題や貧困の解消って、「正義」の象徴みたいに思われがちですが…本当はそれだけじゃない。
環境問題や貧困にちゃんとした対策をしなければ、世界の人口が増え続ける中、食糧などの資源の取り合いが起きかねない
筆者自身も、取材や旅を通し、この危険を痛感しています。

僕ら日本の庶民も「明日食べる物があるか、身内が暴力にさらされないか」に怯えることになりかねない。
「またまた大げさな」とか言う方も多いかも知れませんが…無視できない確率でそうなると思いますし、近い訴えは他の人からも出てきています。

環境や貧困層を守ることは「正義」ごっこというより、未来の社会や経済を守る「生存戦略」ということです。
「優等生の“正義”は(目先の)経済の敵」という一方的な見方ではなく「目の前の問題(経済や敵対国の増長)を疎かにしちゃいけないけど、未来の問題(環境問題や貧困の対策)も考えよう」という広い視野が必要なはずです。

最近まで、自分たちの生活を守る手段としては
「敵役を倒す(売れる商品をつくってライバル企業を出し抜く、他国に経済戦争や軍事で勝つ)」
競争が主でした。でも、競争の副作用で環境問題や貧困が問題となった今、
「世界で協力して問題を解消する」共生と共創が、より大切になってきています。

もし、敵役たる国や人を、感情として好きになれないとしても…
「嫌いだから無視、攻撃」で、相手との分断を深めるべきではない。
分断を繰り返していては、戦争の愚すらも、繰り返しかねない。
「嫌いでも、必要な場面では耳を貸し協力する」という態度が、
若者が未来を生きるため、命をつなぐためには重要になる。そう筆者は訴えます。

・主な内容
1.僕たちが受け得る痛み
 1.1.食えないから奪い合う
 1.2.環境問題と食糧不足
 1.3.国境を超える貧困
2.痛みの大きさ×不確実性
3.仲間を守りたいから、敵役とも組む

・こんな人向けのお話です
「環境問題や貧困への対策がなぜ必要か分からない」
「環境問題や貧困に対策が必要だと思うけど、必要性を他人にどう説明すればいいか分からない」
「国連のSDGsに興味がある」

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1.僕たちが受ける痛み

1.1.食えないから奪い合う

そもそも荒廃した社会ってどんな感じだと思いますか?
筆者が意味しているのは、住民の多数派が
「食べる物がなくならないか、身内が暴力にさらされないか」に怯える社会です。

実際、そういう社会は今もあります。筆者の行った中では、南アフリカのスラム街。
警察と比べて強盗が多すぎて、金品を持って出歩くこともできません。
流しのタクシーに乗るなら「さらわれるかも」と怯えないといけません。
警備員とオリのついた建物でないと、安心して泊まることもできません。
筆者はいつ襲われても良いように、ダミーの財布や携帯を持って出歩いていました。
洒落にならない略奪の世界です。リアル北斗の拳です(いや、筆者は読者世代じゃないですけど)。
似た状況の街は、ベネズエラのカラカスとか、世界に点在しているようです。

こういう社会がなぜ生まれるのか。東南アジアなども含め、筆者の行ったスラム街では
貧困層に「教育がない→仕事がない→衣食住が賄えない→罪を犯してでも食いぶちを稼ぐ」
というスパイラルがあると、共通して聞かれました。
違法漁業について調べた時も多く聞かれたのですが
本当は犯罪なんかしたくなくても、自分や家族が生きるため仕方なく…というパターンです。

こういう話を聞くと、多くの日本人は「教育や働き口や食糧の足りない途上国の話」
「他人事だよ」と感じるでしょう。今の時点ではその通りです。

でも、近い将来、こういう事態は僕たちの身に降りかかりかねません。

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1.2.環境問題と食糧不足

先進国でも、災害などで食糧の不足した時には暴動や略奪が起きる…というニュースを、観たことのある人は多いでしょう。
欧米の都市の分析でも、失業率が高いとか貧困率が高い、食いぶちを稼げない人が多いほど、犯罪発生率が高いということが指摘されています。
人は職や衣食住、特に食がなければ生活できないのです。

そして、食糧不足は現実的な恐怖になりつつあります。
まず、日本周辺では魚が獲れなくなっています。こういうことが、もっと深刻化する危険がある。
魚の獲れない理由でよく挙がるのが「漁師さんが減った」「獲り過ぎで資源が減った」。
確かにこれらは大きな問題なのですが、それだけなら、食糧不足の危険は強くありません。
漁師さんを増やしたり獲り過ぎを止めたりは、後からある程度できるからです。
でも、そうそう後戻りできないことが、恐らく、もう起き始めている。

後戻りできないこととは、温暖化や海の酸性化、プラスチックごみ問題などです。
プラごみの問題が海の生態系に与える影響はまだまだ研究途上ですが、温暖化の影響はもう出ています。
研究者に聞いても、筆者の経験と照らしても、近年は温暖化で魚の生息域が変わって
造礁サンゴは死んでいる数十年以内に、サンゴが地球から9割消える可能性すらある)。
水温が変わったせいで深海から表層への栄養分の湧昇が止まれば、魚の餌となるプランクトンが
足りなくなってしまうという恐れもある。
さらにスルメイカの減少の引き金として、水温悪化から卵や仔稚魚の大量死があったという分析もある。

「温暖化なんて1~2度の話でしょ?一部の生き物が絶滅するとしても人の生活には関係ない」
なんて、けっこう高学歴な層から聞くことも多いんですが…とんでもないです。
哺乳類のような一部の生き物以外は、体温を自分で調整できない。
つまり「温度が2度上がる=体温が2度上がる」です。
平熱36度の人の体温が常時38度まで上がってしまったら、長生きできるでしょうか?

実際、スルメの漁獲は5年前から7割減、サンマは12年前から9割減。
どちらも獲り過ぎで資源が減っているという説はありますが、日本政府の研究者からよく聞かれる(そして筆者自身も最も的確だと考える)分析は「もともと水温などの環境要因で母数が激減していたところに、漁業規制の不足で追い打ちをかけてしまった」というもの。
漁業分野だけでも、2050年までに年間1兆円以上の損失が生まれるという予測があります。
それにサンゴ礁が消えるだけでも、百万人単位の人の働き口や食糧が脅かされ
それによる経済的な損失は約9兆円という試算もあります。2020.1-2

しかも、温暖化の恐ろしさは海のことだけでない。1番の危険は農業の不安定化です。
単に暑くなるだけでなく、気候が変わることで風や海流、雨の降り方が変わって、
土地も水没で減る。日本を含め、食糧不足が起きることも、現実味を増しています。

もちろん、温暖化でこれまで食糧の育たなかった寒い場所での生産は増えるかも知れません。
現に、ロシアの冷たい海には、これまで来なかったスルメが温暖化のせいで上がってきています。
「温暖化しても、ロシアで農業が育つから大丈夫」という人もいます。
ただ、今の時点で、十分な食糧が育つ保証もなければ、準備(漁港設備をつくったり土を耕したり)を整える数年間に食糧をどう確保するかのプランも共有されていない。もう少し対策が必要でしょう。

完全に温暖化を止めることができないとしても、少しでも進行を遅らせれば、
生物側に暑さに適応した遺伝子が現れて生き残ったり、人間側が対応を準備したり、
そういうを時間を稼げる期待があります。

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1.3.国境を超える貧困

温暖化や食糧不足が深刻化するなら、たぶん、最初に大きな痛みを食うのは熱帯の国です。
すでに暑い環境がさらに暑くなる。するとサンゴのように「暑さに強いとされてきた生物」ですら、
過去に体験していないほどの暑さにさらされ、死んでいく。
例えばサンゴ礁が消えれば、そこで育つ魚も減り、漁獲に響きます。

しかも、熱帯には、教育や雇用の行き届いていない途上国が多いです。
すると、1.1のようなスラム化が起きやすい。そこで職業や衣食住を得られなかった人は、
移民となり都市部や先進国に生きる道を求めるでしょう。

今、先進国の人が移民を一方的に批判する流れもありますが、もう少し相手目線が必要でしょう。
途上国の貧困層の人の目線からすれば、「先進国が自分たちを搾取したせいで貧困が起きた」という
意識もありますし、そもそも家族の生活を守らなければいけないとなれば、仕事が多く給料も高く
衣食住の満たせそうな国の都市へと、(不法入国など)無理をしても移り住むものです。
これが避けられないのは、アメリカやEUに移民が入り続けている現状を見れば明らか。

そしてお金のある国の都市になら一定数のお金持ちがいます。
余裕のない貧困層が富める人を目の当たりにすれば、腹も立つし奪ってやりたくもなるのでしょう。
僕の旅した中で治安や雰囲気が極端に悪いと感じた街は、どこも貧富の差が激しい都市部でした。

つまり、温暖化や食糧不足の痛みは「途上国から先進国、貧困層から富裕層」と伝わっていく危険が強い。これは、上のような経験から、筆者が強く訴えたいことです。
島国の日本はある程度、移民が入りづらいかも知れませんが…食糧が不足して値上がりすれば、人口の割に食糧生産の少ない国だけに、食べ物に苦労しやすくなります

もちろん、実際にどれだけの不足や値上がりが起きるか、予測は難しいです。今のところは「30年後に穀物価格が2~3割上がるかも」くらいの予測ですが、そうなった時にどの地域が大きな被害を受けるか、その地域にどれだけの貧困層がいるか、誰と誰がどれだけの規模で揉めるか…などによって、実際に起きる被害は変わります。

間違いなく言えるのは、このままなら1日3食摂れない、食べるのに手いっぱいで教育が受けられない…そんな人の割合が、世界に増えるだろうということ。
さらに行き過ぎれば「富裕層の警備員つきの住宅街以外、暴力に怯えながら生きる」みたいな地域だって出てくるかもしれません。
資源の奪い合いと感情的な分断が国家間の戦いに発展したり、口減らし(人口抑制、安楽死、生物兵器などもっと酷いことも…)が現実になったりする可能性も否定できない。

裏返せば、環境問題や貧困を解決することは、僕たち自身の生活を守ることにつながります。
だからこそ、ある程度傷の浅い今のうちから環境や貧困と真剣に向き合う必要がある。
国連がSDGs(持続可能な開発目標)で環境問題や貧困、教育格差をなくそうとする意義は、こういうところにあるのです。

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2.痛みの大きさ×不確実性

一方で、「環境問題や貧困を解消すると損をする」という声も多くあります。

実際、環境問題や貧困に対策すると「目先」の経済には副作用があります。
例えば、対策の費用を賄うために税金を高くしたり、環境を壊すビジネスや貧困層を安く長時間
使うビジネスを制限したりしなければいけないかもしれない。
すると、企業の出費が増えるから、経済がしばらく鈍る。
これも行き過ぎたら怖いので、「(目先の)経済を壊すな」という視点が、時に大切です。

ただ、目先への注目が行き過ぎていないでしょうか。
アメリカでは、教育水準やSDGs的な意識の高い“優等生的な”州に、そうでない“大衆的な”州が反感を持ち「環境問題はフェイクニュースだ」「アメリカ経済の邪魔をする途上国からの移民は追い出せ」と叫ぶ。そして、国内が分断されているというフシがあります。
それどころか「温暖化対策をしてアメリカの経済が鈍れば、中国が得をする」
「グレタ氏の訴える温暖化対策は、中国を利するための陰謀」的に、
人の敵対心を煽り、分断させるような発信がネット上などで視聴回数を稼いでいます。

かつての日本でも、優等生的な「海の生き物の獲り過ぎを科学的に防ごう」という漁業改革論に対して、漁業関係者の間に「自分たちのやり方を批判する気か」「漁業者を経済的に追い詰める気か」との空気が生まれ、両者が分断し、資源の減少や対策の遅れ、漁獲の衰退につながったきらいがあります。

人の敵対心を煽り、視点を目先の問題(向こう数カ月の経済、中国など)に縛り付ければ、未来の問題(環境や貧困、それによる社会と経済の混乱)を考える発想を奪ってしまう。
それどころか、未来の問題を訴える人間への攻撃すら始まって、対策をつぶしてしまう
(さらに万一、大規模な戦争になんてなったら、農場や漁場、資源を余計につぶし合います)。

環境問題や貧困が僕たちに直接効いてくるのは未来のことで、どこまで高い確率でどれだけ大変なことが起きるのか、言い切れはしません。
それに特定の国だけに原因を求めて敵役にすることもできない。
ゆえに、人の感情にリアルに響きづらいし「予測なんて当てにならん」と軽んじられがちなのですが…

そもそも、温度の変化で気象条件や生物種の1つひとつがどう反応するか、結果として人間社会にどんな影響が出るかというのは、関わる要素が多すぎて確実な未来予測をするなんてできない。
不確実なのは前提として、その中で「現実的な未来予測は」「最悪の事態を避けるには」と考えるしかありません。

未来の問題が現実になった場合、1.のように大きな痛みがあるのですから、「予測が不確実だから」というのは、対策しない理由として不十分です。
まして問題提起自体を「陰謀」だとか「敵」だとか断じてしまうとしたら危険でしょう。

敵視までされない場面でも、環境や貧困について語る人が「正義だ、綺麗事だ、意識高い系だ、うさん臭い」と引かれてしまいがちな空気はないでしょうか。
本来、大事なのは、目先と未来、両方を頭に入れて「どうすれば目先の問題を極力起こさず、未来の問題も解決できるか」という話し合いです。「誰が敵なのか、誰がうさん臭いか」という一方的な視点ばかりでは、話し合いが進まなくなってしまいます。

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3.仲間を守りたいから、敵役とも組む

最近まで、人々の生活を豊かにして守っていくため
「敵役を倒す(売れる商品をつくってライバル企業を出し抜く、他国に経済戦争や軍事で勝つ)」
競争が大切でした。その感覚は今も根強いから、敵役を強く攻撃できる人が評価される。
でも、競争の副作用で環境問題や貧困が生まれ、僕たちを脅かしつつあります。敵役とも
お互いが死なないために攻撃を止める「共生」、そして課題を共有して一緒に解決する「共創」、
この2つをもう少し大切にする必要が出てきています。

環境問題にしろ貧困にしろ、多くの国や人が原因になっているので、
多くの国や人が協力しないと解決はできません。

現状、人と人・国と国の分断が進んでしまったことで、
多くの国は対策したフリと責任の押し付け合いをしています。温暖化1つ取っても
先進国は「ウチは(充分ではないけど表面上)対策している。中国やインドの発展が悪い」、
途上国は「長年大量の二酸化炭素を出し続けてきたのは先進国。厳しい対策は先進国の仕事」、
しまいにはトランプ氏が無根拠に「温暖化は嘘だ、アメリカ経済は自重しない」…ですから。

本当は、世界中の人が仲良くなって「私たちも頑張って対策するよ!」と言い合えるのが
理想なのかもしれませんが…それは簡単じゃありません。
人は身内を守ろうという善意で、他の国や集団に責任をかぶせてしまうクセを持つからです。
温暖化の責任を他国に、魚の減った責任を他産業に…と、身内以外を敵役にして責める。
こればかりは人情として、ある程度、やむを得ないです。

敵役の国や人を好きになるのは難しいですし、無理してそうする必要もないでしょう
他者や権力への不満や疑念は、持ち方次第でむしろ視野を広げてくれることもありますしね)。
ただ、環境問題でも貧困でも、痛みを被るのはお互い様。嫌いな者同士でも協調して、対処する場面は必要です。
そろそろ「嫌いなヤツの話は聞きたくない、協力しない」という感情任せの態度から卒業し、
「彼らは嫌いだけど、彼らは彼らなりに身内を守らなきゃいけないんだよな」と受け止め、嫌いな相手の意見も聞きながら対策をする時期のはずです。

多くの人で意見や知識を出し合えれば、「最悪、ここまで気温が上がってこんな悪影響が出る」
「魚を獲る量を減らさないとここまで海の生態系に影響し得る」
「最悪の状況になる可能性はこれくらい」「どの国の責任はどれくらい大きい」などと
客観的に(=敵役の知識や意見も採り入れつつ)考えて、
「ウチらはここまで自重するから、おたくはこれだけ頑張って」と責任分担できるし、
「頑張ってくれた国には貿易とかで特典をあげる」というギブ&テイクもできます。

こういう責任分担をして、足並みを揃えて問題解決する体制は、環境問題や貧困だけでなく、
感染症の拡大を防ぐことにもつながり、未来への備えとなります。

特に、未来の社会を生きなければいけない若者世代は、「共生」「共創」「責任分担」を
意識すべき時にきている。そう筆者は訴えます。