政府はこれから、減ってしまった水産資源を増やすために、漁業規制を強めていくと言っています。

その中で「獲り控えで資源量が回復する魚」もいれるでしょうが、「環境条件のせいで減っているだけなので回復しない魚」「環境条件を整えさえすれば回復する魚」も出てくると思われます。

また、現状の話し合いを見る限り「本当に獲り過ぎだと考えられるのに、漁業規制の反対論が強い」という魚もいます。

規制が無駄に強くなってしまうことも、増えるはずの資源が対策不足で回復しないことも、どちらも不幸です。
こんな事態を避けるため、どのような方法で魚の増減やその原因が考えられているのか、簡単に紹介してみます。

こうやって見てみると、さほど複雑なことをせず、単純なデータを集めてつなぎ合わせるだけで、意外と「この魚は明らかに獲り過ぎではないな」といった分析が、ある程度まではできるのです。
主な内容は以下の通りです。

①「漁獲の努力と資源、どちらが減ったのか」を調べる

②「明らかに漁業ではなく環境要因のせいで増減している」ことを示す
 ②.1卵や仔稚魚の生き残り率
 ②.2放流した魚の生き残り率

③「獲り過ぎ」「栄養不足」などを示す
 ③.1獲り過ぎていないか、自然死していないか、痩せていないか
 ③.2海にいるべき魚の量

④「獲り過ぎだとしたら、誰にどれだけ責任があるのか」示す
 ④.1誰が多く獲っているか
 ④.2誰が「何歳の魚を何尾」獲っているか

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①「漁獲の努力と資源、どちらが減ったのか」を調べる
ある魚の漁獲が減ったというだけだと、減ったのは「魚そのもの」なのか「漁獲努力(出漁回数とか網を引く時間とか釣り針の数とか)」なのか分かりません。
なので、「1回の漁獲努力あたり平均どれだけ多くの魚が獲れたか(専門用語でCPUE)」の増減を調べます。この値が減れば魚自体が減っていると考えるわけです。

例えば琵琶湖のアユなどはCPUEが下がらず漁獲が減っているので「漁師さんの人数が減ったので漁獲も減ったのだろう」と考えられます。逆に、資源量が減ったと言われる魚の多くは、CPUEが下がっています
また伊勢湾三河湾のイカナゴは2015年の春にある程度資源がいたはずなのに、漁期終了後の夏の調査でCPUEが大幅に下がったことなどから「漁獲はないので、水温などのせいで大量死したのだろう」と考えられています。

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②「明らかに漁業ではなく環境要因のせいで増減している」ことを示す
②.1卵や仔稚魚の生き残り率
魚は小さすぎると網や釣り針にほぼかかりません。かからないはずの子供の魚が死ぬとしたら、それは漁獲ではなく環境のせいだと考えられます。「漁獲対象に育った若魚の数が、親魚の量と比べてどれだけ多いか/少ないか(専門用語でRPS)」を見れば「環境のせいで、身体の弱い魚卵や仔稚魚が大量死したようだ」「環境が良くて魚卵や仔稚魚が多く生き残り、漁獲対象サイズの魚が大発生したようだ」というのが見えてきます。

例えば1990年代前半のマイワシや2010年代後半のスルメイカの激減は、RPS=環境条件が劇的に悪化したせいと見られます(ただし、激減した後に漁獲で追い打ちを受けて、それがさらなる減少につながっているという分析がマイワシにもスルメにもあります)。
逆に、獲り過ぎの状態だと見られていた(③参照)道北のホッケが3年前から増えているのは、RPS=環境条件が良かったからだと見られます。

裏返せば、卵や仔稚魚の生き残り率(RPS)を調べると、「水温が高い年にRPSが下がる」「近場の磯の面積が埋め立てで減って、RPSが下がった」という感じで、環境悪化が魚に与えた影響を考えることができます。
ただでさえ、これまで冷たかった海に温かい海の生き物が見られるようになるなど、明らかに水温などの環境は変わってきています。こうした研究を進めることが今後、大切でしょう。


②.2放流した魚の生き残り率
卵や仔稚魚以外でも、野生での生き残り率を調べる方法があります。水揚げされるサケはほとんど、産卵のために故郷の川に戻ろうとしている時に獲られるからです。多くの稚魚が川を下ったのに、4年後に元の川に戻ってくるサケが少ないとすれば、それは漁獲ではなく自然環境のせいで死んでいるとなります。サケが死んでいるのは北半球の至る所で起きているので、日米ロが原因調査を始めるかも知れないところです。
特に日本では、毎年ある程度のサケの稚魚を人口孵化して放流しているのに、帰ってくるサケが減っています。ということは、間違いなく何かしらの環境条件のせいで、サケが帰れなくなっているということです。極力多くの国とデータを出し合って原因究明することが大切でしょう。

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③「獲り過ぎ」「栄養不足」などを示す
③.1獲り過ぎていないか、自然死していないか、痩せていないか
「漁獲努力当たりの平均漁獲量=CPUE(①参照)」の増減や、「どんな大きさ(年齢)の魚が何尾獲れたか」という漁獲記録、「この年齢の魚の大きさなら、1年間にどれだけの割合が自然死(野生生物に食われたり病死したり)するのか」などのデータを合わせて考えます。「3歳の魚なら自然界で年間5割くらいが生き残るはずなのに、2割しか生き残っていないようだ。3歳サイズの魚が多く獲られた記録もあるし、これは獲り過ぎだろうな」「4歳の魚の平均体重が例年よりも2割痩せている。海が栄養不足なのかもしれない」というような感じです。

こういう過程で「海に何トンの資源がいる」などの推定もします。推定に誤差が大きく、例えば「100万トンの資源がいそう」と推定していても、実際は50万トンだったり200万トンだったりとズレてしまう危険が大いにあります。ただし、実際に“漁獲努力当たりの平均漁獲量(①参照)”などを基にした値ではあるので「資源は増えていそう、減っていそう」という目安としては有効です。

現状だと、よほど元のデータが間違っていない限り、トラフグやキンメダイなどが、数年前までで言えばマサバ、クロマグロ、北海道北部のホッケ、日本海北部のスケトウダラなどが、獲り過ぎの状態だと考えられてきました。
裏返せば、漁獲記録やデータ類を取りそろえていけると「この魚種は獲り過ぎだと思われていたけどそうじゃなかった」などと反証していくこともできます。

今の時点で栄養不足と見られる魚に太平洋系のマサバがいます。最近は成長の遅い年が多く、恐らくエサが足りていません。大西洋のコククジラも痩せた個体が多く、エサ不足が心配されています。
浅海に栄養を運んでくれる深海からの沸き上がりの強さや河川の流れ、魚の餌となるプランクトンの発生状況などをもっと調べて、成長との関係性を見るべきでしょう。

ちなみに、今の分析の欠点に「情報の遅さ」があります。分析は、過去の漁獲データや調査データを整理してから行うので、「海に資源がどれだけいるか、そのうち何トン獲っても良いか」などの分析は2年くらい前のデータを基にしていることが普通です。このため、例えば「2年前には資源は減っていたけど、今は増えている」という場合に、資源の少なかった2年前のデータから少なめの漁獲枠(TAC)が計算されてしまう、ということが起きかねません。
これを避けるために、漁協などがパソコンなどに入力したデータをすぐに科学者に送ることで、リアルタイムの資源の状態を見えやすくしようという活動が大切になりそうです。


③.2海にいるべき魚の量
多くの場合「獲り過ぎ」が何を示すかというと「人間が魚を獲るペースが、魚の増える(産卵・成長する)ペースを超えてしまっている」ことです。
もっと言うと「資源の量が、本来海にいるべき量に足りていなくなってしまうだけ獲ってしまう」ことを指すのが、近年の傾向です。

何年経っても多くの漁獲を続けようというなら、必要なだけの卵(仔)を生みだせるだけの量の親魚が必要です。
十分な親魚量を海に保ちながら、何年間も持続的に獲り続けられる漁獲量を「最大持続生産量=MSY」と呼びます。「十分な親魚を残すことで長い目で見て漁獲を最大にしよう」という理論はMSY理論といいます。

この理論には批判が多いです。何故かというと、マイワシやマサバ、クロマグロ、ホッケなどは、環境次第で増えたり減ったりしやすく(②参照)、「親が多いのに子が大量死し、次世代の資源が少ししか発生しない」「親が少ないのに子世代が多く発生する」などの現象が起きやすい(親子の量の関係が薄い)からです。親魚の少ない年でも子が多く発生することがあるというと、漁獲を制限して親魚を海に残す必要もないことになります。

ただ、近年、この理論も使えそうだという意見が主流になっています。イカナゴやクロマグロなど親子関係の薄い魚種でも『親が一定より減ると子の加入量が減る』という傾向が示されるなど、最低限の親を守ることが子の発生(資源の維持回復)に必要視されつつあるからです。

最近は、環境変動で資源が大量死して回復しづらくなってしまうことを極力避けたり、資源が大発生してくれる可能性を上げたりするため「どの程度の親魚量を保つべきか」「親魚量を保つためにどれだけ漁獲を抑えるべきか」をコンピュータで計算するようになっています。

もちろん、コンピュータの計算にはある程度の誤りがあると見られます。ただ、計算に使うデータはどんどんアップデートできますし、具体的に「このラインまで資源を増やそう」という目標が数字になることで、「このラインまで資源が増えれば漁獲を加速して良い」というような計画をしやすくなります。必要なデータを集めていくことが、今後、大切になります。

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④「獲り過ぎだとしたら、誰にどれだけ責任があるのか」示す
④.1誰が多く獲っているか
当たり前ですが、基本、たくさん獲っている漁業ほど、責任は重くなります。例えばスルメイカですが、これは完全に中国の違法漁船が獲り過ぎています。日韓を合わせたよりも漁獲が多いですから…
こういう状況の時は、国際的な漁業規制と監視を強めたり、不法物の水産物を禁輸したりと、無責任な獲り方をしている国にやり方を変えてもらう必要がありそうです。

ただし、気を付けなければいけないのは「誰々が悪いに決まっている」といった先入観です。例えば、日本や台湾が中国の何倍も獲っている(というか、そもそも環境要因に分布が左右されやすい)サンマについてまで「中国が獲ったせいで減ったんだ」的な報道が多くありますが、ちょっと無理筋です。

④.2誰が「何歳の魚を何尾」獲っているか
ただし、寿命が1~2年のスルメやサンマを考えるのは、ある意味簡単です。多くの魚はもっと長く生きるから、もう少し複雑な考えが必要です。
例えば、年老いた100キロのクロマグロを1尾だけ獲るのと、0歳で1キロのクロマグロを50尾獲るのでは、前者の方が漁獲量(キロ)は2倍多いですが、1尾しか獲っていないぶん資源には優しいです。

クロマグロやノドグロ(アカムツ)などは、大きくなるほど単価も上がっていく魚ので、基本的には大きくしてから獲る方が資源に優しく経済価値もあるのですが、高級魚として名を上げてからは小さな個体のいる漁場を狙う操業が増えたようです。こういう獲り方が資源や経済価値を損なっていないか、注意が必要です。

では、歳をとった大きな魚を獲るのが正解かというと、そうでない場合もあります。例えば身体の弱いシラスが海に100万尾いたとして、自然界で放っておいても成熟前に99.99万尾死んでしまうとします。どうせほとんど死んでしまうシラスを人間が何万尾か獲ったところで、大人のイワシに育つシラスの数はほとんど変わりません。むしろ、シラスが貴重な大人のイワシに育ったところを大量に獲ってしまう方が、資源に大きなダメージになることがあり得ます。

つまり「どの歳の魚がどの漁業に何尾ずつ獲られているか」を調べて、さらに「どの歳(サイズ)の魚が消費者に求められているか」「実際にその歳の魚を狙って獲ることはできるのか」なども頭に入れて「どの歳の魚を獲ると消費者が喜んで、かつ資源へのダメージが少なく済むのか」と考える必要があります。

ちなみに、魚種や漁獲サイズを選ぶ工夫というのは日本人の得意分野です。網目のサイズを規制したり、特定の歳の魚が集まる漁場を避けたり、そういう工夫が古くから根付いているからです。
こういう工夫を、客観的な検証をしながらさらに進めていけば「魚を獲ること」と「魚を次世代に残すこと」は、かなり両立できるでしょう。

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こうやって考え続けていくと、それぞれの海域や魚種について「資源は減っているのか、原因は獲り過ぎなのか、どう対応すればいいのか」の答えがある程度まであぶり出せます。

逆にここ数年は逆に明らかに獲り過ぎではないであろう魚(①のイカナゴなど)にまで「乱獲だ」と決めつけてしまう発信が増えたように見えます。

それと日本の場合、そもそもデータの取られてこなかった魚種も多のですが、データの足りない状態で「この魚もどうせ乱獲に決まっている」「どうせ乱獲ではないはずだ」という感じに決めつける議論も多いです。

よくある決めつけを整理すると
1.複数の事例を一緒くたにする(例「伊勢三河湾のイカナゴは乱獲では恐らくないが、他海域のイカナゴで乱獲が疑われる群がいる」ではなく「イカナゴ(全体)は乱獲状態」と拡大解釈する)

2.十分な根拠を挙げない(例「ウナギはデータ不足ながら土木工事で減っている可能性がある」ではなく「ウナギの乱獲を訴える人がいるが、ウナギの減った理由としては土木工事が大きそう」と言ってしまう)

3.自分の主張に合わないデータを無視する(例「太平洋のマサバはかつて若魚の乱獲で減っていたと見られるが、漁業管理強化後に増えた」はずが「マサバの若魚は乱獲、資源が増えたのは東日本大震災のお陰」と管理強化に触れない、「太平洋のマイワシはかつて環境変動で9割減った」ことだけを強調して「減った資源に獲り過ぎが追い打ちをかけて、さらに9割以上がいなくなった」という分析結果には触れない)

…こんな感じです。「乱獲が起きている」という人も「乱獲ではない」という人も、どちらサイドからも決めつけた発信があります。

ですが、どの例に着目するかで「資源は減っていない」というのも「乱獲状態だ」というのも「環境条件のせいで減った」というのも、全て嘘にも本当にもなり得ます。

意見の違う人に対して、例外を挙げたり細かいミスを見つけてきたりして「あの人は嘘つきだ」というのは簡単ですし、それを「あの人たちが嘘をつくのは、何か陰謀を企てているから」という話に飛躍することも出来ます。
実際、そういう陰謀論的な話はよく見られますし、これは人目を引くから拡散されがちです。
ただ、そうやって客観的根拠を出さずに誰かを悪者にしていても、いがみ合いが深まって解決策が話し合いづらくなります。

海や漁業を愛する皆さんには、極力冷静に、客観的な見方で考えることを大切にしていただけたら嬉しいです。