前回、日本が近い将来、世界一精密に、多様な魚や漁業のデータを整理できそうな

恵まれた状況にあると分析しました。

魚や漁業の種類、漁船が多いアジア・アフリカ圏にありながら、

それぞれのデータを集め、科学的に魚資源を回復できる望みがこの国にあります。


しかしデータを基に漁獲を抑えて魚を増やす、というのは簡単ではありません。

データの解釈は見る人の立場や知識や価値観で変わってしまうからです。


例えば「魚が減っている」というデータがしっかり揃っている場面で、

科学者が「乱獲のようだ、漁業規制が必要」と根拠立てて話しても、

漁業関係者が「乱獲なんかしていない」と感情的になったり、

漁村同士が「獲り過ぎたのは俺たちじゃない、お前らの漁村だ」と

言い争ったり、どうしてもすれ違いが起きることはあります。


規制を受ける立場の漁師さんも含め、より多くの関係者が納得できるよう、

分かりやすく客観的な分析をもって

「過不足なく規制すれば、魚と漁獲はいつ頃ここまで増えそうだ」とか

「この漁業には、これだけ責任がある。だからこれだけ我慢すべき」と

話し合い、問題意識や協力関係を共有することが大切です。


各地域の漁師さんは、その海のプロです。

一方で、客観的な分析のプロは、科学者です。

漁師さんからの知識を基に、科学者が客観的な目で分析する必要がありますが、

漁業管理の話し合いに、科学者が入れないことが多く、問題です。

最近、「科学者も交えた話し合いの場をつくろう」と政府内で議論になっています。

話し合いが上手く回ることで、漁師さんたちの知識や知恵を吸収し

科学をアップデートしていけます。


ただ、今までの日本の水産の世界では、科学的な話し合いの場があっても、

魚の獲り過ぎを指摘しない忖度や、指摘させない言論封殺が強くありました

(第2章参照)。


そして、漁業管理の話し合いは揉め事になりやすいのに、仲介役となる

科学者や科学コミュニケーターはあまり育っていません。

そもそも、漁業規制をした時の、漁師さんへの減収補償も、まだまだ

不十分との声が漁業現場から出ています。

こうした課題をどう解決するか、もう少し考える必要があります。

(主な内容)

 

1.データの解釈をアップデートせよ

2.忖度を超えていく

3.科学を見える化する

4.弱者と配分

 

★★★★★★★★

 

1.データの解釈をアップデートせよ

 

データを活かして魚を増やそう、というのは簡単ではありません。

魚や海のデータが揃っても、その「解釈」について意見の異なる人同士が
対立し、共通認識がつくれなくなりがちだからです。

 

人類誰もが、広大な海を前にしたら無知なものです。

誰もが、海の知識の断片しか持っていません。

漁村文化などに精通している漁業経済学者も、魚資源に詳しいとは限りません。

漁師さんは地元の海を誰よりも知っていますが、他の海域は知りません。

「どの海域のどの魚が、どんな理由で減っているか」、的確に考えるためには

みんなの知識の断片をつなぎ合わせることしかできない。

「海の中は分からない。だからこそ、せめて、一歩でも多く知識を集め、

理解度を高め続ける」という、“見識のアップデート”が大切です。

 

ですが、自分の知識を盾に、異分野の人に「俺の知っていることも知らない、

不勉強なヤツ。アテにならん」とマウントを取ってしまう人も多くいます。

マウントを取って相手を論破しに行き、あまり相手から学ぼうとしない。

お互いに同じ「魚種Aが減りました」というデータを見ていても

お互いが見識をアップデートしないので、最後まで問題意識を共有できない。

「原因は乱獲だ」「いや、水温のせいだ」などと割れたままになりがちです。

(みなと新聞よりリンク:MSY理論の例

 

対立の大きな原因に、仕事上の利害関係もあります。

例えば、建設業者は埋め立てなどへの規制を嫌いますし、

漁師さんは自分たちへの漁業規制を避けようとします。

漁村同士が、「乱獲したのは自分達じゃなくあの漁村」と

言い合うこともあります。(関係者が仲間や家族の生活を

守るためには当然の心理ですし、責められません)。

「自分たちは、資源を減らしていない」と訴えるために、

都合の良いデータだけ紹介したり、都合の悪いデータを無視したりと、

ちょっとズルい、客観的根拠の薄い分析をする人も出てきます。

当然、ズルを責める人も現れ衝突します。

(みなと新聞よりリンク:クロマグロの例

 

データの解釈は、人の知識や利害関係で変わってしまうのです。

色々な解釈を客観的に比べてみて初めて、見識をより正しく

アップデートできます。それが、科学を改良するということです。

国際法では、漁業規制を最良の科学に基づいて行うよう定めています。
(リンク:国連海洋法条約

 

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2.忖度を超えていく

 

第2章の通り、日本では、科学を改良する作業が進んできませんでした。

漁業を規制しようとなれば(それが将来の漁業を良くするためであっても)、

漁師さんの多くは反対しますし、

国内の漁業団体や行政関係者、漁業経済系の学者の多くは

「漁業規制は漁師さんの自主性に任せておけば、衝突は避けられる」

「公的な漁業規制は漁師さんの敵。極力緩くすべき」と考え、

「海は分からないから、科学を一歩でもアップデートしよう」ではなく

「科学で海を分かった気になるのは傲慢。科学的な漁業規制は不要」

という意見が市民権を得ました。これらが政治的にも支持された結果、

乱獲を示す資源データがあっても、それを見てみぬ振りしたり、

捻じ曲げたりしてまで、漁業規制を避ける傾向が出ていました。
(リンク:第2章

 

資源学者は、水産業界から「漁業を規制するな」とプレッシャーを受けたり、

直接のプレッシャーがない場面でも「この空気の中、漁業を規制しろ

などと言ったら、来年は行政から契約してもらえないかも」と考えたり、

周りの空気に感化されて「行政が漁業を規制するのは悪いこと」と

決め付け過ぎたりして、

「乱獲を示す情報は示さないでおこう」と忖度することがありました。
(リンク:第2章補足編

 

長い目で見れば、忖度は魚を減らし漁業を衰退させかねません。

実際、日本では資源の減少が示されていますし、

米国では、漁業者ではなく科学者の意見で漁業を規制してから

資源や関連雇用が回復しています。
(みなと新聞よりリンク:米国海洋大気庁(NOAA)元長官の証言

科学から忖度をなくすため、昨年頃から、日本政府も対策に動いています。

 

改正漁業法では、各県の漁業調整(漁師さん同士が漁場などの取り合いで

揉めないための利害調整)の委員会に科学者を入れることを義務化。

 

そして重要魚種に関しては、資源学者がプレッシャーを受けないよう

(漁業関係者からデータ提供を受けはするものの)、データを基に

「海に資源はどれだけいるか、どこまで増えそうか」と評価する会議には

漁業関係者を入れないことを、今年、国の研究機関が決めました。
(みなと新聞よりリンク:水研機構の与党への説明

 

資源評価の過程については、自民党の行革本部が今年

「漁業からの利害関係者を抜きにして、客観的なチェックを入れるべき」

という提言を出しています。

(リンク:提言全文

自民行革
写真も上記サイトより

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3.科学を見える化する

 

しかし、科学者の考えを漁師さんに押し付けるのもいけません。

上の通り、科学者の知識には限界があります。

科学を全否定したり、根拠のない忖度をしたりしては何も進みませんが、
科学の間違いを、漁師さんが十分な説得力を持って指摘してくだる時、
その知恵を活かさない手はありません。

 

それに、漁業関係者が自主規制してきたということは、関係者が

納得した上で、規制策を決められてきたということでもあります。

第1章のように、漁師さんが納得してこそ漁業規制のルールは守られます。

(リンク:第1章

一方、クロマグロの漁業規制に反対姿勢の強かった北海道の南かやべでは、

大規模な違反漁獲がありました。
(みなと新聞よりリンク:南かやべの違反操業

 

1人でも多くの漁業関係者が漁業規制を「敵」ではなく

「漁獲を増やすこと」「末永く儲ける事」と前向きに見て、納得できてこそ、

乱獲を示すデータとも冷静に向き合い、協力の機運が生まれます。

そのためには、漁師さんが「漁獲を我慢したらどれだけ魚が増え、

どこまで利益がありそうか」をイメージできることが大切です。

国の研究機関は、漁師さんに分かりやすいよう、資源回復のシミュレーションを

示す研究を強めています。

(みなと新聞よりリンク:シミュレーションの内容や意義

 

また、自民の行革も、上の提言の中で、資源学者と漁師さんたちの

話し合いの場をつくるよう訴えています。
(再リンク:提言全文

 

資源学者は「情報を正確に伝えよう」と考え、細かい専門用語を交えながら

長々と説明することが多いです。ただ、その説明は漁師さんから見て分かりづらく、

上から目線にも聞こえやすい。

それで漁師さんが怒ると、科学者が怯えてしまうなどで、いっそう、

お互いのコミュニケーションが断絶することがあります。

科学者には「漁師さんのところに出向く」「簡単な言葉で説明する」など

コミュニケーションの努力が求められつつあります。

 

また、資源学者が「分析を間違えて怒られたくない」とハッキリとした

説明を渋ることもあります。ただ、海の中の科学が「間違えるかもしれない」のは

当たり前なので、必要なのは説明を渋ることではなく、正直に

「こう分析するのが自然なのは、こういう理由から」

「この資源予測が間違えるとしたら、こういう場合だろう」と説明を

尽くすことでしょう。そうやって漁師さんとコミュニケーションを取れば、

漁師さんサイドからも「あのデータはこう解釈する方が的確だろ」と

知恵をもらう機会、科学をアップデート機会が増えていきます。

 

漁師さんとのコミュニケーション技術を磨いた資源学者を育てる仕組みや、

そういう学者が人事的に評価される体制が必要かもしれません。

ただ、資源な分析を的確にできる能力と、分析を分かりやすく話す能力は別です。

分析役の科学者の代弁者として、漁師さんはじめ関係者と対話をする

「科学コミュニケーター」を育てよ、という議論もあります。

みなと新聞よりリンク:科学コミュニケーターの育成を求める水産政策審議会委員の意見

 

筆者は、日本での水産系大学で、漁師さんと資源学者の間を取り持つ

「水産コミュニケーター」のような人材を育ててはどうかと考えています。

「社交的で喋り上手」かつ「魚や自然環境に関する仕事がしたい」若者を育て、

コミュニケーターとして登用する仕組みができれば機能するかも知れません。

もしくは、漁協職員がコミュニケーターを担うケースも期待されますし、

環境団体が漁業や科学への理解、コミュニケーション技術を磨いて、

コミュニケーターになるのも1つの道かと思います。

 

さて、改正漁業法では、漁業管理を国や県の責務としています。

ただ、国や県でも、その下の科学機関でも、人手不足が深刻です。

科学コミュニケションが十分に進まぬまま、行政が漁業規制を進めれば、

恐らく、漁業現場からの不平不満が殺到し、行政官と科学者は、現場への

説明に忙殺されてしまうはずです。

今から何らかの形で、科学コミュニケーションに強い人材を育てるべきだと、筆者は強調します。

 

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4.弱者と配分

 

上で、自民行革本部が科学者と漁師さんの話し合いの場づくりを提案して

いるとご紹介しました。そして、話し合いの場づくりの最大の目的は、

小規模な漁業を守ることにあります。

 

日本水域の漁業は大きく、沿岸域に多く件数の多い小規模漁業と

沖合域に多い大規模漁業に分かれます。比較的お金を持っていない

小規模漁業は、漁業規制を受けると経営が傾きやすくなります。

このため、漁獲量を規制するとき、当初は小規模漁業に多めに枠を配分して、

資源が回復したら大規模漁業で効率的に獲っていこうという考えです。

 

「どの漁業に多めに枠を与えるか」というと、普通の漁師さんは

「俺に多めにちょうだい」と言うので、漁獲枠の配分の会議を開き

科学者、漁師さんたちがオープンに話し合う中で、より人数の多い

(多くの雇用を支える)小規模漁業を優先していこうとしています。

みなと新聞よりリンク:小規模漁業の優先を明言する自民党行革本部

話し合いの中で、科学者が漁業規制の意味を漁師さんに伝えたり、

漁師さんから意見や知識を吸収したりする意図もあるといいます。

みなと新聞よりリンク:行革の提言案が公表されたときの記事

 

もちろん、小規模漁業も、経営体の数事態が多いので、獲り過ぎを
起こすこともあります。そんな時に「小規模漁業の規制は緩く」と
ばかりは言っていられないので、やっぱり客観的な科学の目で
「どの漁業の責任が大きいのか」と不幸へいなく判断するのも
忘れてはいけません。その上で、小規模漁業には配慮をしようと
いう方向性になっています。

それに大規模漁業も含め、漁を休んでいる漁師さんへの補償や、

商材の手に入らなくなる水産加工流通業者への代替商材の確保なども

大きなテーマ。水産庁も、そこへの予算を増やそうとしています。

みなと新聞よりリンク:昨年9月の予算要求内容

今も、共済の仕組みで漁師さんの減収補償は行われていますが、

掛け金の高さなど課題もあり、今も議論が続いているところです。

 

上のように、漁業規制をしようとすると、漁師さん同士で

「悪いのはあの漁師たちだ、あいつらを規制しろ」と揉めがちですが、

皆で協力しなければ、魚は帰ってきません。

「誰にどの程度の協力を求めるか」の答えは簡単に出ませんが、

話し合っていくことで、1人でも多くの漁師さんが納得できる体制を

つくろうと議論が進んでいるのです。