「海を守る」とかいう漠然とした言葉の意味を、おこがましくも考え続けるブログ

魚オタクの筆者が、「海を守ること」「より多くの人が海の恩恵を受けること」をテーマに、たくさんの人の知恵をつなげようというブログです。 科学的な目線、社会的な目線…色々な視点から、より多くの方と関われればと考えています。 ご賛同もご反論も、ドシドシお願いします! ブログの詳細はこちら http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/2690844.html ※あくまで個人的なブログです。所属する会社等とは無関係ですのでご注意ください。

2019年04月

日本では、漁業を規制されたくない人と、規制したい側の人が断絶しがちです。

規制されたくない人は、規制しようとする人を「漁業者の仕事を奪う悪者」と、

規制したい人は、反対する人を「乱獲で魚資源をつぶす悪者」と捉えやすい。

両者の議論はつぶし合いになりやすく、魚や漁業を蘇らせる方向に進みづらい。

元々はお互い、漁業を想って動いているのに、不幸なすれ違いです。


すれ違いの大きな原因にデータ不足がありました。

データが足りないから「どの魚を漁業規制で守るべきか」や

「どの魚は豊富にいてもっと獲れるのか」の判断が分かれてしまう。

まずデータをしっかり集めることが大切です。


日本には独自の漁協などのシステムとIT技術があります。

この強みを活かせば、恐らく世界一精密に、魚や漁業のデータを整理できます。
データを生かした「スマート水産業」を、政府も目指し始めました。

 

アジア・アフリカ圏は全体として魚種や漁業の種類、漁船が多いので

それぞれのデータを整理し漁業を管理するのは難しいとされてきました。

しかし、日本であれば、その難題に答えを出せるかもしれません。

データを揃え、活かしていく体制が整えば、
海や魚を十分に大切にしている漁師さんは、その努力を証明しやすくなります。
努力が足りなかったりズルを隠蔽したりする漁業者は、責任を問われます。
「努力不足の人のせいで魚が減って、周りや消費者があおりを食う」のは止めよう。
正直者がバカを見るやり方は卒業しよう。
それが国の方向性となり、改正漁業法にも反映されています。

 

(主な内容)

1.「正義 VS 正義」で断絶が生まれる

2.世界一、データを集めやすい国

3.世界一、正直者が得をする漁業に
 

★★★★★★★★


1.「正義 VS 正義」で断絶が生まれる

 

前章 http://livedoor.blogcms.jp/blog/taketo55/article/edit?id=16613762 では、
日本の漁業関係者は乱獲を示すような科学データを封殺しがちだと紹介しました。

ただ、実は、言論封殺的な空気は漁業規制を提案する側の一部にもありました。

証拠不十分な漁業まで乱獲と決め付けたり、それを「決め付けじゃない?」と
指摘してくる人に対しては「御用学者」などとインターネット上で叩いたり。
特に、巻網という漁法や水産庁を擁護する意見は、意見に客観的な根拠があるか
否かを問わず、感情的に叩いてしまう“規制推進派”が目立ちました。

規制したい側もしたくない側も、同じ迷路に入りがちだったのです。

規制されたくない人は、規制しようとする人を「漁師さんの仕事を奪う悪者」と
規制したい人は、規制に反対する人を「乱獲で魚資源をつぶす悪者」と考える。
“悪”を貶すことで自らの主張を通そうとする。
双方が憎み合い断絶し、ますます、意見の合う仲間内の知識だけを信じていく。

お互い、自らの主張に合わない知識は叩き潰してしまう。
お互い、偏った情報で状況を判断していく。

「どの魚が減っているか」「減っとしたら、どう対策すべきか」の判断が狂います。

お互い、きっと怖かったのでしょう。

「正義(=自分達)が悪に負けたら、漁業がダメになる」と。
正義感に燃えて論争していた方々を、叱責はできませんが…

対策を打てず魚は減ったまま、人々は憎み合っている…では、皆が不幸です。

  

漁業を規制したい側としたくない側、両者が断絶してしまった大きな原因に、
政府が魚のデータを集めていないことがあります。


欧米諸国が数百魚種のデータを取る中、日本は50種。

「どの魚が豊富でどれが減っているのか、その原因は何なのか」が不透明です。

データがあっても、「この魚は乱獲っぽいけど、そうとも限らない」とか

「乱獲じゃないっぽいけど、乱獲の可能性も捨てきれない」という場合が多い。

だから、漁業規制を避けたい人は「乱獲の証拠なんてない!」と。

規制を推したい人は「あれもこれも乱獲!」と。それぞれ好きなように

状況を判断し、どんどん、両者の見解がズレていきました。

・・・・・・・・


2.世界一、データを集めやすい国

そんな中、ついに去年、日本政府はデータ集めの対象を
200魚種まで増やす方針を発表しました。

 

これまでデータが足りなかった大きな理由は予算不足。
年間予算は米国の7分の1以下です。
データを取る予算は、他の予算よりおろそかにされがちでした

(参考 https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/87291

https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/87297 )が、
今は与党からも水産研究への予算を求める声が強いので、

増額に期待がかかります。

 

とはいえ、日本などのアジア・アフリカ圏は、欧米よりも魚種や漁船が多い。

魚や船それぞれのデータを取るには、かなりのお金が必要そうです。

国のお金にも限りがあるので、安くデータを集める工夫も大切になります。
 

そこで、期待がかかるのが、日本独自の漁業のシステムです。
日本の漁業の多くは、漁業権や許可がないとできないため、
全国15万人の漁師さんの動向を、国や県が把握しています。
また、獲れた魚の大部分は漁協などの市場を通して売られるので、
獲れた魚の種類や場所、量、獲れた日付を掴みやすいです。
関連: https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/78318

漁協や市場の協力があれば、漁獲量だけでなく、漁獲に費やした時間や漁場位置など、
「どの漁船が、どの魚を獲るのに、どんな努力をどれだけしたか」も調べられます。
「この魚種は努力しないでもたくさん獲れる」「努力しても獲れない」などが
見えてくるので、かなり魚の種類ごとの増減を調べられる。

今まで、市場の伝票は手書きのものも多く、集計するには人手や時間、お金が
かかりすぎました。データの揃わなかった大きな原因です。
ですが、今はスマホやパソコンが普及しています。こうした機器を使って
漁獲報告や伝票を電子データにすれば、メールなどで簡単に転送できます。

とはいえ、電子データを入力する手間も馬鹿にならないので、
忙しい漁業現場に負担がかからないよう、工夫が大切になります。
国や研究機関は、データを手軽に入力するためのスマホアプリや、
スマホの写メで魚を撮って魚種やサイズ、量を推定する仕組み
などを開発しようとしています。
スマホの写メで水族館の魚種を高精度に見分けられる現代ですから、
https://iphone-mania.jp/news-222576/
実用化に期待は大きいです。

政府は、こうして海や魚の状態を詳しく調べ、活かしていく水産業を
「スマート水産業構想」と名づけ、実現を目指しています。
スマート水産での資源評価
(規制改革推進会議第3回水産ワーキング・グループ資料〈2019年2月〉より)

これからは一部の科学者だけでなく、漁師さんや市場の知識も借りながら、
より精密に魚や海のデータを取ってこよう、データを生かして魚を増やしつつ
漁場探しや流通の効率化にも使っていこう、という方針です。
スマート水産業
(水産庁ウェブサイトより)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/nourin/dai13/siryou5.pdf

・・・・・・・・

3.世界一、正直者が得をする漁業に

「どの漁船がどの魚をどれだけ獲ったか」が調べられるようになれば、
漁船は獲った量をごまかしづらくなります。漁獲量を規制したときに、ルール違反を
監視しやすい体制と言えます。

11年前、水産庁は漁獲量規制の普及を検討して、
「漁船の多い日本では監視コストが追いつかない」などを理由に、
無理との結論を出しましたが、状況が変わってきているということです。

漁獲量を規制したとき、例えば漁船が「安そうだから」と洋上で捨ててしまったり、
市場でないところで水揚したりして、獲った量をごまかしてしまう危険はあります。
ごまかしを避けるため、他国では漁船の動きをGPSで調べたり、船にカメラをつけたり
新しい技術を入れて対処している例があります。
(参照: https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/73102 )

ただし、漁獲量規制は、「どの魚種を獲るか狙えない」漁法
(定置網など、沿岸の小規模漁業に多い)には難しいです。
そこで、改正漁業法では、漁獲量をコントロールするのが難しい場合に、
漁獲量そのものではなく「漁獲努力量」を絞る方法もOKだとしています。

このように、日本では、小規模漁業にまでしっかりとデータ集めや漁業管理を
できるだけの下地(漁協や市場、IT機器、法律)が整っていている。
この下地は恐らく、世界中でも最高の水準です
(第1章よろしく、EUですら小規模漁業は管理し切れていませんしね)。


データや監視がより充実していけば、「この魚は漁師さんの努力で増えています」、

「A県の漁業規制は十分厳しいですが、B県の努力不足で資源が減りました」、

「この魚は乱獲じゃなくて埋め立てで減りました」などが、少しずつ見えてきます。

海や魚を十分に大切にしている漁師さんは、その努力を証明しやすくなります。
努力が足りなかったり情報を隠したりする漁業者は、責任を問われます。
「努力不足の人のせいで魚が減って、周りや消費者があおりを食う」のは止めよう。
正直者がバカを見るやり方は卒業しよう、というのが国の方向性です。


今後、データ提供や科学的な管理をしてくれる漁師さんには優先的に補助金を出す、
漁獲量をコントロールしづらい漁法同士で漁獲枠を融通する仕組みを考える
(参照:自民党の行革推進本部がこれらを求めています https://fumiaki-kobayashi.jp/2019/04/25/00-23-01/ )

漁獲努力量を効率的に、科学的な裏づけを持って管理する方法を考える、
(参照: https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/83330 )
などなどの工夫も進みそうです。


・・・・・・・・

日本は、上のような取り組みを進めていけば、
「魚種も漁法も漁船数も多いのに、資源を回復させた国」として、
アジア・アフリカのお手本に、世界のパイオニアになれる可能性を秘めます。


ただし、本来、データで海を理解し尽くすことなどできません。
より多くの人の視点を入れながら、データの解釈を極力偏らずに行って、
科学の不正確さを修正する努力が大切です。
次回は、そのためにどんな努力ができそうか考えます。

2章本編 http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/16613762.html のように
日本の漁業に影響力の強い政治家や学者の間では、

「日本の(特に沿岸の)漁業管理は実効的」という意見が一般的です。

ですが、よく聞いていると

 

  一部の成功例だけを見て「日本(全体)は素晴らしい」と引き伸ばし

していることが多い。

 

それに

  漁獲が減ったのは、魚価安で漁師さんが海に出ないから

  資源が減ったのは、漁獲じゃなく環境条件のせい

  資源を乱獲したのは、日本じゃなく外国

などの情報は、根拠不足でも信用されがちですし


⑤資源が乱獲されているという証拠がない

という話も相まって

「だから日本は漁業規制を強めなくて良い」と結論されるケースが見られます。

どれも、もう少し幅広い知識から考える必要があります。

・・・・・・・・

 

  成功事例の引き伸ばし

日本には、瀬戸内海のサワラ、北海道留萌のマナマコ、
(環境悪化前の)伊勢三河湾のイカナゴなどなど、

漁師さんの自主性を重んじた漁業管理を行い資源の回復に成功た例があります。
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/75992


これ以外にも、漁協主導の自主管理は全国の漁村に定着しています。
2011年から水産庁が始めた「資源管理計画」では、
行政に何らかの計画を出した漁業が、国内の漁獲量の9割をカバーしています。

しかし、この計画、科学的な裏づけがなくても承認されます。
「市場が休みの日は休漁します!」みたいな計画もあるとのことですが…
いや、それ元から休漁してたでしょ!!
「漁獲を休むんだから、資源管理です」と言いますが、人間の都合に合わせやっていて
「海や魚がどういう状態だから、こうします」という視点に欠ける場合も多いようです。
実際、事業が始まった後も資源状態や漁獲量は改善せず、むしろ減りました。
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/87291

http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/4430816.html

つまり日本式の自主規制には成功事例もあるものの、機能していないものがより多い。

確かに、本編のように、漁師さんの自主規制にはメリットも多くあります。
関連する漁師さんたちが話し合い、納得した上で規制するから
ルールの遵守率が高く、また漁師さん自身の知識や監視能力も活かせる。

自主的管理の長所を指摘しまとめ上げた故エリノア・オストロム氏は
ノーベル経済学賞も受賞しています。
これを根拠に「自主管理メインの日本は世界最先端」
とする意見は、日本の漁業団体などの間でよく聴かれます。

https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1409re4.pdf

ただ、オストロム理論の前提は、「資源が漁村の前の海から出て行かないこと」です。
漁村の内外を出入りする回遊魚は、漁村の知識だけで「どれだけ資源がいるか」を
把握しづらく、漁業規制しようにも、どれだけ厳しくすればいいか分からない。
また、1つの漁村が資源を守っても、他の漁村が獲りすぎれば意味がなくなってしまう。
結果、回遊魚は漁村同士で早獲り競争になってしまうことが多いのです。
自主管理にはこういう弱点があるのですが、弱点に触れず長所だけ強調する関係者が
日本の水産業界に目立ちます。
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/78395


1章のように小規模漁船が多く、行政だけでは漁業を監視しづらい難しい日本。
漁師さんの目で監視する自主規制が定着していることは、理に適っているし誇れます。

しかし、漁獲技術の発達した今、もう一工夫なければ、資源を守れないケースも多い。
日本の漁業管理を「実行的」と言い切るのは、現状、難しいでしょう。


  「漁獲が減ったのは漁師さんが海に出ないから」

というケースは、もちろんあります。ですが、現存のデータを見ると
「漁獲努力あたりの漁獲量(CPUE)」が減っている魚種が多い。

つまり、出漁の回数より、魚自体の方が、より激しく減っています。

(具体例はこちらから: http://abchan.fra.go.jp/digests2018/index.html )


 

  「資源が減ったのは環境のせい」

ということもよくあります。
魚は水温などの環境次第で大発生したり、卵や仔魚の大量死が起きたりするからです。
ですが、減ったときに獲り過ぎれば、親不足が起きる。

親がいなければ、環境が回復した後にも資源は戻りません。

http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/4443090.html


環境条件次第で増減しやすいとされているマイワシやクロマグロでさえ、
親が一定数を割れば、発生が減るという論文は出ています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/73/4/73_4_754/_article/-char/ja/
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308597X16304973

 

これらを考えると「悪いのは環境」だから漁業規制をしないという主張は
無理があります。 https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/90189

それと、生息場の環境破壊や栄養不足などの環境悪化。
環境悪化は確実に起きていますし、そのダメージが漁業より大きい場合もあるはずです。

ですが、生息地と資源の分母が減ったなら、漁獲も見合うだけ小さくしなければ
資源は崩壊してしまいます。もしも生息地を広げたいなら、
必要なのは漁獲規制を避けることではなく、

環境が悪化したという証拠や改善するための方法を研究し、提案することです。

http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/10835503.html


 

  「資源を乱獲したのは外国」

という事態は少なからず起きています。
例えば、中国船によるスルメイカやマサバの多獲は商社や科学者が指摘するところ。
外国に規制をするよう説得するなど、難しい努力が求められます。

一方で、日本が漁獲シェアの大部分を占めているのに

「外国も(ごく一部)獲っているから」という理由で漁業規制を入れないケースも
少なくありません。この場合は日本の漁業も規制しないと資源が守れなくなります。

http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/4443090.html


  「資源が減っているという確たる証拠がない」

「科学は不確実。資源は減っていないかもしれないから、漁獲は多くしよう」
という議論も、日本では盛んです。

しかし、実はこれ、国際協定違反です。

まず、海の中のことを、人類が正確に知ることはできません。資源が少なさそうでも

「多いかもしれないというデータもある」「推計が正しいという保証はない」…

というのが当たり前です。
そんな不確実な中で資源を潰さないため、国際協定(日本水域も対象)では

「科学に不安があれば漁獲は控えめに」という予防的アプローチを求めているのです。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/H28/attach/pdf/index-5.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty164_12.html

 

それ以前の問題として、日本政府はデータを集めなさすぎました。

欧米諸国が数百魚種のデータを取る中、日本はたった50種。

どの魚がどれだけ海にいるのかほとんどわからないのです。

 魚が減っていても、実態や原因が分からない。対策も打ちづらい。

ですが、海や魚のデータ収集に予算を当たらない。
予算は70億円ほどでアメリカの7分の1以下。

水産団体の意向もあり、データ予算より漁船などを造る予算が優先されがちでした

https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/87291
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/87297

(ただ、自民党は水産研究への予算を求める声を強めています)。


加えて本編のように、乱獲を示すデータは、粗探しされて封殺さることが多い。


日本は、乱獲を示すデータや言論を見て見ぬ振りしがちだった。
科学に必要なデータも、本腰を入れて集めてはこなかった。

残念ながら、そういう傾向は否定できません。

日本の水産業界には、欧米式の漁業規制制度や環境団体への反感が強くあります。

前回ご紹介した事情を考えると、無理のないことでした。

「業界を批判や過度な規制から守り、水産物を獲れる体制を残そう」。

そんな善意を、業界団体や政治家、水産庁…皆が共有してきたと言えます。

 

ただ、水産政策の関係者が、その善意の強さゆえ熱くなり過ぎてしまい、

日本の漁業の良い部分にだけ焦点を当て「科学的な規制は不要」と断じたり、

乱獲を示すような科学データを見て見ぬ振りしたり、捻じ曲げたり。

“見て見ぬふり”や“捻じ曲げ”にツッコミを入れる人には、嫌な態度を取ったり。

そんな、言論封殺のような空気も残っています。

 

獲り過ぎを省みず魚が減っていけば、水産業界は自らの首を絞めてしまいます。

不都合な言論を封殺し、国として真摯に海や魚と向き合ってこれなかった過去と、

そろそろ向き合う時なのでしょう。

改正漁業法は、そのための道筋を示す内容でした。

 

言論封殺の問題は、とてもデリケートです。

が、日本の漁業が蘇えるため、避けられぬ壁でもあります。

提起するタイミングや方法について、何年も悩んできましたが…

今こそ議論を強めるべき、と判断しました。

筆者が直接コミュニケーションを取れるSNSから、発信します。

不快な思いをされる方には、申し訳なく感じます。

ご批判やご反論も受け止めますので、骨太の議論ができれば幸いです。

 

(主な内容)

1.「規制反対」の渦

2.捻じ曲げられる科学

3.捻じ曲げを生む空気感

 

★★★★★★★★

 

1.「規制反対」の渦

 

前回 http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/16578073.html のように、
日本の政策を決める方々の間では

「欧米を見習い、漁業規制を強めよう」と提案する方々への不信感が強いです。

 

それに、日本の漁業管理は、伝統的に漁師さん自身の意見を反映して
方法を決める傾向があるので、漁師さん自身が納得して規則を遵守したり、
行政が監視コストをかけなくても漁師さん同士が遵守を監視しあったり、
漁師さんだけでできない取組(例:海底環境の改善)もできたり、
他の先進国にない強みがあります。

小規模経営の漁師さんが不利にならないように、漁船のサイズなどを規制したので、

漁船や漁師さんの雇用の数が保たれています。

漁船数など

規制改革推進会議第1回水産ワーキング・グループ資料(2017)より
漁師さん主導の自主的規制は、江戸時代から続いてきたという歴史もあります。

 

なので、日本の漁業関係者には世界の漁業を先導してきたという誇りが

ありますし、「日本の良さを勉強してよ、認めてよ」というのもごもっともです。

 

まして漁師さんから見て、漁業規制があれば大漁のロマンを追いづらくなる。

「たぶん将来の収入が増える」としても「目先の収入は確実に減る」。

仲間内への規制には、どうしても反対感情が強くなりがちです

(商売敵の外国漁業への規制は歓迎することが多いです)。

 

漁業団体から見ても、規制への漁師さんの合意をまとめるのは難しいです。

故に、多くの漁業団体は規制を強めまいと動いてきました。

 

とはいえ、適度な漁業規制は大切でもあります。

適度に漁獲を抑えれば、長い目で見て、魚も水産業も栄えますし、

国際規則でも、科学を用い漁獲を抑えることが義務付けられています。
https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/unclos1.htm (61条)

 

規制に反対する漁業界と、賛成する科学者など。意見が分かれている時には、

政治が間に入る必要が出てきます。

漁師さんが納得していない漁業規制は守られづらいので、

時には漁師さんに、規制の意義を説明し、守るよう呼びかけるのも政治の仕事。

 

ですが、日本では政治が漁業関係者の意向に沿い過ぎた部分がありそうです。

例えば、ある衆議院議員は言います。以前、水産庁が「漁業規制を強めよう」としたが、

漁協や関係政治家の猛反対を受け、中断に追い込まれたと。

 

漁師さんの人数が(減ったとはいえ)多い日本で

「漁業関係者は、科学者よりも政治に声を通しやすい」。

筆者自身、国内外の関係者から聴く指摘です。

(参照: https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/65735 )

 

・・・・・・・・

 

2.捻じ曲げられる科学

 

国の資源研究機関のトップである宮原理事長や、

(従来水産政策をリードしてきたのとは別グループの)一部の与党議員は、

加えて指摘します。

日本は、声の大きい漁業関係者に忖度して、漁業規制が強まらないように、

科学を「資源は少なそうだけど、多いことにしよう」などと捻じ曲げがちだと。

(参考: https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/90368

https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/90416  )

筆者自身、何度となく忖度の噂を聴き、現場も見てきました

例えば、国の会議でスルメイカやスケトウダラの資源が少なさそうだと試算された時。

国立大の研究者や行政の科学者が「漁業者が納得しないから」という理由で、

客観的な根拠なしに数式をいじり、「資源はさほど少なくない」ことにしようとする。

(スルメの例: https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/64184 https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/65339 )
 

他にも、漁業規制を避ける方向で科学を曲げてしまうケースは多くありますし、

根源に、政府として魚のデータをほとんど集めていないという問題もあります。

具体例は別立ての補足記事をご参照ください。 http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/16613806.html )

 

事実、日本水域の漁獲はここ30年ほど減り続け、盛時の3分の1。

科学的に(忖度が入った上でなお)資源が減っている傾向が出ていますし、

TON図のみ
未成魚を中心とするの乱獲も指摘されているものの
(個別事例は http://abchan.fra.go.jp/digests2018/index.html 参照)

国が「しっかり漁業規制すればここまで資源は減らなかった」と公に認めることは

2年前までありませんでした。

 

・・・・・・・・

 

3. 捻じ曲げを生む空気感

 

科学の“捻じ曲げ”が起きた1番の原因は、恐らく業界内の空気感。

日本の水産団体や古参の政治家、業界系マスコミなど業界関係者には

「日本の漁業を褒めてくれる人、規制しない人は善人」

「批判する人、規制しようとする人は敵」と見る傾向があります。
 

2.のような捻じ曲げた科学を基に「漁業規制は不要」と論ずる学者は、

業界から「現場の気持ちを分かってくれる」「心ある」「まとも」と評されやすい。

確かに、そういう科学者には他者の感情に敏感で優しい方が多いのですが…

本来客観の積み重ねであるはずの科学が、感情に左右されているようでは、

分析結果が偏っていってしまいます。

 

科学的根拠を基に「日本人が乱獲している」と指摘する人がいても、

業界側は「あの人、日本の漁業現場も知らないくせに」とか

「科学が正しいとは限らない。海を分かった気になるな、謙虚であれ」とか

切り捨てがち。最後は「漁業規制は、科学よりも漁師さん主導が良い」と

落ち着かせることが多くあります。

 

もちろん、科学は大なり小なり間違いを含むのですが、

漁師さんの意見が間違いないということもありません。
それに、科学者の「資源は海に何トンいる」という計算に誤差があろうと、

計算を基に「何トン以上獲っちゃダメ」と線を引くことは意味があります。

魚は獲りすぎればいなくなるのですし、線引きを明確にすると守りやすい。

だからこそ、国際法が客観的な科学の視点を使うよう定めています。
なのに、そうツッコミを入れる人は「空気読めない」と後ろ指を指される。

 

乱獲を指摘する識者を、人格ごと否定する漁業関係者の声。私も何度聴いたでしょう

(第1章の通り、指摘する側の態度にも原因はありましたが、態度と指摘の的確性は別問題です)。

 

公務員や科学者が「乱獲状態とは分かっている。でも公言すると立場を失う」

「この魚は乱獲状態。だけど、私のコメントとしては記事にしないで」

なんて怯える様子。何回、見たでしょう。

 

さすがに政府ぐるみで密漁を隠した旧北洋サケ漁のような話は近年聞きませんが、

不都合な情報を封殺し漁業規制を避けようとする空気は、今も残っているのです。

冒頭のように、この空気の大元には、漁業を守ろうという関係者の善意があります。

善意での行動を筆者は責めたくないし、読者の皆様にも責めていただきたくありません。

ですが、罪を憎んで人を憎まず。

罪の部分は直視し、改める必要があるはずです。

・・・・・・・・

 

先の通り、今あるデータには、資源減や乱獲を示すものが多くあります。

しかも、日本は食用魚種のほとんどにデータ自体を集めていません。

なのに、最近まで、こうした問題から多くの関係者は目を逸らしていた。
この国は、真摯に海や魚と向き合ってこれなかった。

しかし、今、政府は態度を改めつつあります。
改正漁業法は、漁業者にデータ提出を義務化し、

行政の責務として漁業管理を行う、と謳いました。

水研機構や与党議員らは、科学から忖度を廃し客観性を取り戻す道を示しました。


かつて漁業を「批判させず、変えさせない」ことに重きを置いていた政府が

「問題を点検し、修正する」に方向に舵を切っています。
漁業規制は「避けるべきこと」ではなく、「末永く漁を獲り続けるためのこと」だと
発想を改めてきています。

今までやってきていたことを反省して改める、というのは面倒で苦しいことです。
業界団体や県行政、さらに国の機関の関係者にまで、漁業規制を避けようという
本能は、今も色濃く残っています。そんな中、いかに多くの関係者が発想を転換し
「魚を増やして漁業を盛り上げよう」という前向きな意識を共有できるか。

これが漁業法改正の成否を分ける最大のポイントだと、筆者は考えています。

 

日本は、小規模漁業が多くデータ集めも科学的な規制も難しい(前回参照)国です。

一方で、小規模漁業を科学的に管理し、かつ漁師さんが納得していくための

可能性を、恐らく、世界一秘めた国でもあります。

 

なぜ、日本がそこまでの可能性を持つのか、可能性はどうすれば実現するのか

次回、考えます。

※当記事は、あくまで筆者個人の分析です

序章でお書きした通り、日本では「漁業を規制し魚を残そう」という案が出ると

漁業関係者から反対されるという流れが、長く続いています。

欧米からの知見を基に規制を提案するエリート層の態度が、

漁業関係者には「信用できない」「押し付けがましい」と

映りがちだったようです。


ただ、本来、漁業規制は漁師さんを邪魔するものではなく、漁師さんが末永く

生計を立てるためのものです。

それを極力、押し付けがましくなく、分かりやすく伝える。

漁師さんと尊敬し合い向き合いながら、規制の痛みを減らしていく。

そんな姿勢を持つエリート層も現れ、そして国から求められつつあります。

 
(主な内容)
1.「反欧米エリート」が生まれる背景
2.規制への納得感と小規模漁業
3.信頼を得るエリートとは

★★★★★★★★


1.「反欧米エリート」が生まれる背景

欧米から影響を受け漁業規制を推すエリート層に対し、
日本の水産政策を左右する漁業団体や近しい政治家、水産庁が
反感を持っているケースは多いです。
理由は

  捕鯨問題などの不信感

  規制を提案する側の“上から目線”

  「金権漁業」の懸念

などです。

 

  捕鯨問題などの不信感

 1970年代から、欧米環境団体の感情論などが広まり、
 科学的に見ても資源が豊富なクロミンククジラなどにまで

 欧米をはじめとする多くの国の政府が国際的な禁漁政策を求めていきました。

(参考:  http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/index.html#2 )

日本側では、鯨関係の仕事や、鯨肉供給が減りました。

 

その頃から、鯨以外の国外漁場でも漁業規制が進み、日本は自ら切り拓いてきた
漁業を、どんどんできなくなりました。

 仕事や食材を失った水産関係者の間で、欧米や環境団体へ反感が高まりました。

 

 反捕鯨の環境団体が少なからず寄付金を得ていたことで「環境団体は金目当て」との

 イメージも、日本の水産政策関係者の間に浸透しました。

 科学軽視の団体も真面目に勉強する団体も、

 「環境や資源を守ろう」と発信すると、関係者から嫌な印象を持たれがちです。

 

  規制を提案する側の“上から目線”

 もし、規制で資源を残せれば、長い目で見て漁師さんも儲かります。

 漁業規制を提案するエリート層も、正義感や善意で動いている場合が多いのですが…

 

 ただ、規制を提案する側の発信には

 「日本は遅れている」「アドバイスしてあげる」と言わんばかりのものも多かった。
 「日本 漁業 ひとり負け」などでネット検索すれば、すぐ分かるはずです。

 日本は欧米より漁船の数が多く保たれ、それを守るための長所も色々あるのに

 (次回に説明します)、長所を隠し短所ばかり非難するような内容。

 日本の水関係者には押し付けがましく映り、反感が残りました。

 

  「金権漁業」の懸念

 さらに欧米の一部では、漁業の規制を強めたとき、お金のある漁業者が漁業の免許を

 多く買い、小規模の漁業経営体が立ち退かざるを得なかった例もあります。

 

 小さな経営体の多い日本の漁業界では

 「欧米の漁業規制をマネしたら、欧米の金持ち企業に日本の漁業が買い占められる」

 「日本の漁師さんが追い出される」だなんて見方も広まった

 (追い出しを防ぐ方法も、漁師さんの減収に補償する道も、本当は色々と考え得るのですが、そこにはあまり焦点が当たっていません)。

 

こうして漁業規制を提案する側は、日本の水産政策に関わる人たちから信頼を得られず

「規制が水産業界のためになる」との訴えも、あまり納得してもらえませんでした。

 

・・・・・・・・

 

2.規制への納得感が大切な小規模漁業


それにもし、理屈に強いエリートが「科学的に見れば、これで資源が戻せる」と
強行的に厳しい漁業規制を作っても、その規制がいくら理に適っているとしても、

規制される側にいる普通の人(漁師さん)は、理屈だけでは納得できません。


エリートは漁業現場を想ってやっているはずなのに、両者が断絶した状態です。
ただでさえ、漁師さんは目先の稼ぎを減らされるのです。難しい理屈だけ並べられても

「馬鹿にしているのか」「金持ちの道楽か」と感じてしまい、協力したくなくなります。

 

漁師さんの多くが協力したくないと思っている状態で、

漁獲規制をすれば、規制を破ろうとする人が増えます。

規制を破ろうとする人を抑えるには、監視して罰則をつけることになります。

監視しやすい漁業になら、それが通用します。

例えば大きな漁船なら、一部のお金持ちにしか造れず、入れる漁港も少ない。

マークすべき港や魚種が限られ、人手をかけずとも、漁獲や資源の状態を監視できます。

強制的な漁業規制を進めた欧米でも、大型漁業では資源回復が目立ちました。
(一例ですが https://business.nikkei.com/atcl/NBD/15/special/082100749/ )

一方で、監視しづらい小規模漁業では、管理の手が行き届いていないようです。

EU政府によると、EUの漁業資源の7割近くは乱獲状態。

先進国資源状態比較

規制改革推進会議第1回水産ワーキング・グループ資料(2017)より

 

小規模漁業と魚種の多い地中海での資源減が、背景にあります。
地中海は資源が悪い
Status of fish stocks in the International Council for the Exploration of the Sea (ICES) and General Fisheries Commission for the Mediterranean (GFCM) fishing regions of Europe2010 2017に最終校正)より

厳しい規制と監視だけでは、小規模漁業の資源は守りづらいのでしょう。

 

欧米式の漁業規制は、日本に多い小規模漁業で効果が薄そうなこと、

日本の水産業界が重んじてきた「漁業規制は漁師さんの同意を得てから」という

姿勢と違うことなどから、「日本には合わない」。こんな見方が、
日本の漁業団体や近しい水産学者の間で常識化しています。

もちろん、欧米が科学的な漁業規制で資源を回復させた例は沢山あるし、
欧米インスパイアのエリート層も「成功例から学べることがある」と10年以上
言い続けてきたのですが、実際に水産庁が学ぶ姿勢を公言することは、
2年位前まで、ほとんどありませんでした。

 

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3.信頼を得るエリートとは

漁業規制は大切ですが、規制の仕方次第では、
犠牲になる収入や雇用、食料、文化、想いがあります。

水産業界が規制に納得し、協力し、効果を高めていくためには

なるべく犠牲を出さず、犠牲になった人にも救いがあるような工夫が必要です。


実は、近年、欧米インスパイアで漁業規制を訴えるエリート層の中にも、
日本の漁業関係者や政府から信頼され、助言を求められる人が現れつつあります。

 

信頼されるエリートの共通点は、日本の漁業現場に敬意を持ち、

分かりやすい丁寧な言葉で規制の大切さを伝える姿勢。

規制を押し付ける言い方はせず、現場と一緒になって

「いかに現場の負担を軽くできるか」「現場の収入をどう高めるか」考えます。

例:水産庁と協力関係にある米国団体EDF https://www.jfmbk.org/magazine/detail/01_190313_01.html

国や漁業現場や環境団体の人間関係をつなぐシーフードレガシー社
https://seafoodlegacy.com/

漁師さんもエリートさんたちも、向き合った上で、お互いの強みを活かしていく。
素人は、漁師さんのように命がけで海に出て魚を獲ってくることができません。
同じように、世界中から海や政策の知識を得てくることは、エリートの強みです。
別々の強みがある者同士、尊敬しあうことも、本当はできるはずです。

こうした“開かれたエリート”はまだまだ少なく、漁業現場の規制への拒否感も強い

ですが今後、よりエリート層と水産業界の断絶が解け、協力が進んでいけば、

日本の海も、だんだんと豊かさを取り戻せるはずです。

※内容はあくまで筆者個人の分析です

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次回は、日本側の「反感」が何を生んできたのか、詳しく考えます。

先日、テクノオーシャンさんというフリーペーパーに、昨年改正された漁業法に
ついて記事を書かせていただきました。
https://docs.wixstatic.com/ugd/507b39_7bed1af184614aeab9e32842227bfd16.pdf
主な内容は、減ってしまった漁業資源を回復させるための国の方針。


国は「食用の魚種がそれぞれ海にどれだけの量いるか科学的に調べて、
見合った水準まで漁獲を抑え、資源と漁獲を復活させよう」という姿勢です。
ただ、この改革を巡って、少し言い争いが起きています。

記事の通り、漁獲を抑える方針に漁業現場から反発がでているのです。
そりゃ、そうですよね。
漁師さんから見て、漁業規制は「将来の収入を増やす(であろう)」けれど
「目先の収入を確実に減らす」ものですから。


漁業規制の話には、漁業現場からの反対が起きる。これは割と世界共通です。
ですが、欧米ではここ数十年、科学者や環境団体や政治家などの
エリート層が機運を高めて、漁業現場の反対を押しながらも、
法的な漁獲規制を進めてきました。
監視しやすい大規模漁業では資源の回復が目立ちました。


日本で漁業規制を強めようという動きが生まれた背景にも、欧米の
エリート層や、そこと近しい日本人からの提案がありました。
とはいえ、こうした提案は何年も前から行われていたのに、実際の法改正は
昨年まで進まず。水産業界や近しい政治家の反対が強かったようです。
そして、制度自体ができた今も、反対感情はまだ強くある。
感情が強いゆえ、制度を実際どう動かしていくかという話し合いが、
今ひとつ進みづらい空気です。


思えば、悲しいすれ違いでした。
規制を提案する側は「適度に規制しなきゃ、魚が減って漁師さんが儲からない」
提案される側は「規制なんかされたら、日本の漁業がダメになる」と
それぞれ思ってきた。
ほぼ全員「漁業が盛り上がったほうが良いよね」で一致している。なのに、
小さなすれ違いから不信感や対立が生まれ、問題解決よりも感情対立に焦点が
当たってきました。


しかしながら、少しずつ、雪解けの気配も見えてきています。
意見の違う者同士、対立するだけではなく、知識を交換して
日本の漁業の良い部分を残し、伸ばし、改善点には向き合っていく。
そんな流れは生まれつつあります。上手くいけば、
日本の漁業は、アジア・アフリカなど世界の小規模漁業を、漁村を、
そして海の環境を救うための、お手本となれる。
むしろ日本こそ、世界のお手本になり得る唯一の国だと、筆者は考えています。


では、漁業規制の“推進派”と“慎重派”がどうしてすれ違ってきたのか、
どうすれば単なる対立ではなく知識の交換に向かえるのか、
そして、どうして日本の漁業が世界の海を救う潜在力を持つのか。
これから、何回かに分けて探っていきます。

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