序章でお書きした通り、日本では「漁業を規制し魚を残そう」という案が出ると

漁業関係者から反対されるという流れが、長く続いています。

欧米からの知見を基に規制を提案するエリート層の態度が、

漁業関係者には「信用できない」「押し付けがましい」と

映りがちだったようです。


ただ、本来、漁業規制は漁師さんを邪魔するものではなく、漁師さんが末永く

生計を立てるためのものです。

それを極力、押し付けがましくなく、分かりやすく伝える。

漁師さんと尊敬し合い向き合いながら、規制の痛みを減らしていく。

そんな姿勢を持つエリート層も現れ、そして国から求められつつあります。

 
(主な内容)
1.「反欧米エリート」が生まれる背景
2.規制への納得感と小規模漁業
3.信頼を得るエリートとは

★★★★★★★★


1.「反欧米エリート」が生まれる背景

欧米から影響を受け漁業規制を推すエリート層に対し、
日本の水産政策を左右する漁業団体や近しい政治家、水産庁が
反感を持っているケースは多いです。
理由は

  捕鯨問題などの不信感

  規制を提案する側の“上から目線”

  「金権漁業」の懸念

などです。

 

  捕鯨問題などの不信感

 1970年代から、欧米環境団体の感情論などが広まり、
 科学的に見ても資源が豊富なクロミンククジラなどにまで

 欧米をはじめとする多くの国の政府が国際的な禁漁政策を求めていきました。

(参考:  http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/index.html#2 )

日本側では、鯨関係の仕事や、鯨肉供給が減りました。

 

その頃から、鯨以外の国外漁場でも漁業規制が進み、日本は自ら切り拓いてきた
漁業を、どんどんできなくなりました。

 仕事や食材を失った水産関係者の間で、欧米や環境団体へ反感が高まりました。

 

 反捕鯨の環境団体が少なからず寄付金を得ていたことで「環境団体は金目当て」との

 イメージも、日本の水産政策関係者の間に浸透しました。

 科学軽視の団体も真面目に勉強する団体も、

 「環境や資源を守ろう」と発信すると、関係者から嫌な印象を持たれがちです。

 

  規制を提案する側の“上から目線”

 もし、規制で資源を残せれば、長い目で見て漁師さんも儲かります。

 漁業規制を提案するエリート層も、正義感や善意で動いている場合が多いのですが…

 

 ただ、規制を提案する側の発信には

 「日本は遅れている」「アドバイスしてあげる」と言わんばかりのものも多かった。
 「日本 漁業 ひとり負け」などでネット検索すれば、すぐ分かるはずです。

 日本は欧米より漁船の数が多く保たれ、それを守るための長所も色々あるのに

 (次回に説明します)、長所を隠し短所ばかり非難するような内容。

 日本の水関係者には押し付けがましく映り、反感が残りました。

 

  「金権漁業」の懸念

 さらに欧米の一部では、漁業の規制を強めたとき、お金のある漁業者が漁業の免許を

 多く買い、小規模の漁業経営体が立ち退かざるを得なかった例もあります。

 

 小さな経営体の多い日本の漁業界では

 「欧米の漁業規制をマネしたら、欧米の金持ち企業に日本の漁業が買い占められる」

 「日本の漁師さんが追い出される」だなんて見方も広まった

 (追い出しを防ぐ方法も、漁師さんの減収に補償する道も、本当は色々と考え得るのですが、そこにはあまり焦点が当たっていません)。

 

こうして漁業規制を提案する側は、日本の水産政策に関わる人たちから信頼を得られず

「規制が水産業界のためになる」との訴えも、あまり納得してもらえませんでした。

 

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2.規制への納得感が大切な小規模漁業


それにもし、理屈に強いエリートが「科学的に見れば、これで資源が戻せる」と
強行的に厳しい漁業規制を作っても、その規制がいくら理に適っているとしても、

規制される側にいる普通の人(漁師さん)は、理屈だけでは納得できません。


エリートは漁業現場を想ってやっているはずなのに、両者が断絶した状態です。
ただでさえ、漁師さんは目先の稼ぎを減らされるのです。難しい理屈だけ並べられても

「馬鹿にしているのか」「金持ちの道楽か」と感じてしまい、協力したくなくなります。

 

漁師さんの多くが協力したくないと思っている状態で、

漁獲規制をすれば、規制を破ろうとする人が増えます。

規制を破ろうとする人を抑えるには、監視して罰則をつけることになります。

監視しやすい漁業になら、それが通用します。

例えば大きな漁船なら、一部のお金持ちにしか造れず、入れる漁港も少ない。

マークすべき港や魚種が限られ、人手をかけずとも、漁獲や資源の状態を監視できます。

強制的な漁業規制を進めた欧米でも、大型漁業では資源回復が目立ちました。
(一例ですが https://business.nikkei.com/atcl/NBD/15/special/082100749/ )

一方で、監視しづらい小規模漁業では、管理の手が行き届いていないようです。

EU政府によると、EUの漁業資源の7割近くは乱獲状態。

先進国資源状態比較

規制改革推進会議第1回水産ワーキング・グループ資料(2017)より

 

小規模漁業と魚種の多い地中海での資源減が、背景にあります。
地中海は資源が悪い
Status of fish stocks in the International Council for the Exploration of the Sea (ICES) and General Fisheries Commission for the Mediterranean (GFCM) fishing regions of Europe2010 2017に最終校正)より

厳しい規制と監視だけでは、小規模漁業の資源は守りづらいのでしょう。

 

欧米式の漁業規制は、日本に多い小規模漁業で効果が薄そうなこと、

日本の水産業界が重んじてきた「漁業規制は漁師さんの同意を得てから」という

姿勢と違うことなどから、「日本には合わない」。こんな見方が、
日本の漁業団体や近しい水産学者の間で常識化しています。

もちろん、欧米が科学的な漁業規制で資源を回復させた例は沢山あるし、
欧米インスパイアのエリート層も「成功例から学べることがある」と10年以上
言い続けてきたのですが、実際に水産庁が学ぶ姿勢を公言することは、
2年位前まで、ほとんどありませんでした。

 

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3.信頼を得るエリートとは

漁業規制は大切ですが、規制の仕方次第では、
犠牲になる収入や雇用、食料、文化、想いがあります。

水産業界が規制に納得し、協力し、効果を高めていくためには

なるべく犠牲を出さず、犠牲になった人にも救いがあるような工夫が必要です。


実は、近年、欧米インスパイアで漁業規制を訴えるエリート層の中にも、
日本の漁業関係者や政府から信頼され、助言を求められる人が現れつつあります。

 

信頼されるエリートの共通点は、日本の漁業現場に敬意を持ち、

分かりやすい丁寧な言葉で規制の大切さを伝える姿勢。

規制を押し付ける言い方はせず、現場と一緒になって

「いかに現場の負担を軽くできるか」「現場の収入をどう高めるか」考えます。

例:水産庁と協力関係にある米国団体EDF https://www.jfmbk.org/magazine/detail/01_190313_01.html

国や漁業現場や環境団体の人間関係をつなぐシーフードレガシー社
https://seafoodlegacy.com/

漁師さんもエリートさんたちも、向き合った上で、お互いの強みを活かしていく。
素人は、漁師さんのように命がけで海に出て魚を獲ってくることができません。
同じように、世界中から海や政策の知識を得てくることは、エリートの強みです。
別々の強みがある者同士、尊敬しあうことも、本当はできるはずです。

こうした“開かれたエリート”はまだまだ少なく、漁業現場の規制への拒否感も強い

ですが今後、よりエリート層と水産業界の断絶が解け、協力が進んでいけば、

日本の海も、だんだんと豊かさを取り戻せるはずです。

※内容はあくまで筆者個人の分析です

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次回は、日本側の「反感」が何を生んできたのか、詳しく考えます。