「海を守る」とかいう漠然とした言葉の意味を、おこがましくも考え続けるブログ

魚オタクの筆者が、「海を守ること」「より多くの人が海の恩恵を受けること」をテーマに、たくさんの人の知恵をつなげようというブログです。 科学的な目線、社会的な目線…色々な視点から、より多くの方と関われればと考えています。 ご賛同もご反論も、ドシドシお願いします! ブログの詳細はこちら http://take-to-enjoy-the-ocean.blogism.jp/archives/2690844.html ※あくまで個人的なブログです。所属する会社等とは無関係ですのでご注意ください。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

筆者は「頑張りすぎないために、科学者の知恵を入れながら漁業を管理した方が良い」と書いてきました


ここで「科学だって正しいとは限らないじゃないか」とツッコミたい漁業関係の方も多いかと思います。


おっしゃる通りです。科学は不確実なものです。

そんな不確実な科学を、行政サイドが一方的に漁業者に押し付けるのならいただけません。

しかし、最も実績のある武器が科学(問4参照)というのも現実です。

 

だからこそ、科学を使いつつも、海を熟知する漁業者の知恵も生かす必要があります

大切なのは、科学者と漁業者、お互いが協力することです。

 

・・・


さて、漁業規制をする際、先進国では「科学的に見ると、海には何トンの魚がいそうだ。だから、うち何トンまでなら獲って大丈夫」なんていう風にして漁獲量を決めることが多いです。


ただ、海に何トン魚がいるか、正確に調べることはできません。

1度調べて得たは良いけど、「別の調査もして計算しなおしたら全然違う結果が出ちゃいました」…なんてこともある訳です。


そこで米国の漁師さんから、こんな意見が出ています。

米国で科学的な漁業規制が入った当初、われわれ漁師は科学を信用していなかった。

だがその後、自分たちが(科学者らに魚の情報を発信し)科学の一部になれるのだと気づいた。漁師は賢く、魚の居場所などを熟知している。だから、科学者や行政に提案と対話ができる。

対話するうち(科学的にやれば魚と漁業を守れるという)信頼が生まれた。だから米国では科学的な資源管理が支持を得た」。


科学者の足りない部分を漁師さんがフォローする。

そうしてお互いが知恵を磨き合い、より深く海を理解していくということです。


日本には

魚が減っているとか『頑張りすぎ』とか指摘すると、漁業規制を嫌う漁業界や、業界との揉め事を恐れる行政ににらまれる。だから魚の状態を楽観的に見積もらざるを得ない」と嘆く科学者が沢山います(問7参照)が…


それよりも、漁師さんと科学者が知恵を合わせる米国式の方が、広い海を守るには向くのではないでしょうか。


・・・


今の日本では、科学データがある程度集まっていて、かつ食糧として重要なマダラなどの魚種に対しても、漁業団体が「科学を信用できない」として、漁業管理を強めさせまいとする様子が多く見られます。


そして水産行政の関係者からは「最近までの水産庁と漁業界は、『科学は正しいとは限らない。だから漁業者の意見を優先して漁業を管理すべき』という姿勢を貫いてきた」と聞くことが少なくありません。

ですが「正しいと限らない」ことは「軽んじて良い」ことの根拠にはならないはずです。

漁師さんの意見が正しい保証だってないのですから。


意識しないといけないのは、海を科学で理解しきるなんて不可能だということ。
「このデータは間違っているかも」と揚げ足を取っていれば、永遠に科学だけを無視してしまうことになりかねません。


大切なのは、科学者と漁師さん両方の意見を聞き、より筋の通った意見を練り上げいくこと

仮に科学者より漁師さんの発言力が強い(問7参照)としても、科学者の意見ばかり捨ててしまうのはもったいないです。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

筆者は「頑張りすぎないために、科学者の知恵を入れながら漁業を管理した方が良い」と書いてきました


ここでよくある疑問として

「日本では漁師さんの自主的な漁業管理が浸透している(問3参照)んだから、わざわざ税金をかけて厳密な科学調査や漁業監視をする必要はないんじゃ?」

というものがあります。


たしかに、厳密な漁業管理にお金がかかるのは間違いありません。

コストパフォーマンスを考え、お金をかける魚種を絞るなど工夫が必要でしょう。

その他の魚種に対しては、コストのかかりづらい方法も有効活用した方が、税金をかけずに済みます。

 

ただし、漁業の技術が発達した今、科学的・客観的な検証なしに漁業を管理しても、「頑張りすぎ」を止めることは簡単ではありません(問4問7など参照)。


科学にコストをかけないケースでも、「漁師さんたちがOKを出したか否か」で管理策を決める現状のり方(問4参照)に加え、できるだけ「客観的に見て効果を発揮しそうか否か」検証する体制をつくった方が、効果は上がるでしょう。

 

・・・

 

客観的に魚の状態を見るには、水研機構や地方水試のデータを使えます。

今まで、科学者がデータ類を取っても、「『頑張りすぎ』を指摘したら漁師さんに怒られるから」などの理由で活用できていないケースが多くあったようです。

埋もれているデータを生かさない手はありません。


そして、これまでデータ不足だった沿岸の小規模漁業にも科学的な分析ができるよう、来年からは国が新しい事業を始める見込みです。
埋もれてきた沿岸小規模漁業の操業データを集約して、より客観的に海の状態を調べるというもの。埋もれていたデータの掘り起しなので、コストもさほど大きくありません。

これまで、「データ不足なので、小規模漁業に科学的な管理はすべきでない」という漁業関係者も多かったですが、これで風穴が空くでしょう。


もちろん、事業が始まれば、漁業関係者に「自分の身内が『頑張りすぎ』ている」という、耳の痛い情報が届くこともあるはずですが…
情報を極力冷静に受け止め、より広い視野から必要な対策を練っていければ、魚と漁業を未来に残しやすくなります。

それに、こうして客観的な情報が集まれば、必要以上に厳しい「頑張りすぎ」対策が入って漁師さんを苦しめることも減るでしょう。


・・・

 

さて、実際に漁業の「頑張りすぎ」をコントロールする方法として、大きく分けて2つの方法があります。

1つ目が「アウトプット(数量)コントロール」。2つめが「インプット(努力量)コントロール」です。

当たり前ですが、数量をコントロールをするには、「魚が何トン獲れたか」を記録して、「漁獲量が○トンに達しました!これにて操業打ち切り!!」と線引きしないといけません。

漁船1隻1隻を見張って、魚1種類1種類の漁獲量を調べる必要があります。調べるには人手がかかりますから、コストが高くなります。


一方、努力量のコントロールは、漁期や漁場、漁具の種類などなどを規制する方法です。

あまり監視が要りませんから、コストも安くなります。

ただ、努力量のコントロールは抜け道が多いです。例えば「漁期が半分に短縮されたから、代わりに網を投げる回数を2倍にしちゃおう」「もっと良い魚群探知機を使っちゃおう」なんて工夫が簡単にできます。


最近「数量コントロールが大切だ、努力量のコントロールは効果が薄い」なんて報道が多くあるのですが、一理あります。

とはいえ、コスト的に数量コントロールができない漁業が多いのも確か。そういう漁業には、冒頭の国の事業などを活かしながら、科学的に「どれくらい努力量を抑えれば魚を増やせそうか」考えていくのが良いかと思います。


筆者の周りには「漁船数(≒監視コスト)の少ない大規模漁業には数量コントロールが効果的。ただ、漁船数の多い沿岸小規模漁業には努力量規制の方が向きやすい」という専門家が多いのですが、ごもっともだと思います。

大切なのは「数量をコントロールしているか」ではなく、「導入するコントロール策が十分かどうか」なのです。そのために、各漁業に合った方法を考えていくのが効果的でしょう。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載


このテーマを扱うと「『頑張りすぎ』ているのは、企業的な大規模漁業でしょ。家族経営の小さな漁業の影響なんて知れてるよ」とツッコミが入ることが多いです。


たしかに、「明らかに『頑張りすぎ』で減った!」という魚は、スケトウダラ(日本海北)、ホッケ(道北)、かつてのマダラ(太平洋北)、マサバ・マイワシ(太平洋)などなど、大規模漁業の対象種が主です。


では、本当に小規模漁業に問題はないのか。実は、結論を出せないケースが多かったりします。

小規模漁業はデータ類が少なく、魚が減っているかどうか、漁業が「頑張りすぎ」ているかどうか判断しづらいのです。


そして、現状あるデータからは、小規模漁業でも「頑張りすぎ」のケースが少なくないとみられます

これからデータを取って検証した場合、「頑張りすぎ」の漁業はより多く見つかるはずです。

大規模漁業だけに責任を押し付けてしまうと、必要な対策を入れそびれてしまうかも知れません。


・・・


まず、大規模漁業が盛んな沖合部だけでなく、小規模漁業中心の沿岸部でも漁獲量は減り続け、今や全盛期の半分です。


小規模漁業の対象でも、データのある魚種については漁師さんの人数ではなく「魚そのもの」が減っているとみられるケースが少なくありません。

例えばトラフグタチウオキンメダイなどなどについて「頑張りすぎ」との報告が出ています。


また、福島では小規模漁業の対象種も原発事故後の操業鈍化で大幅に増えていて、事故前までの漁業が少し「頑張りすぎていた」ようだと言われています。


そして他地域の小規模漁業も、管理の枠組みは福島と似ています。

主に漁業者団体の自主管理や漁師さん同士の話合いによる管理で、科学的な情報を反映できているケースは限られるのです。

福島以外の小規模漁業も、まだ「頑張りすぎ対策」が足りていない可能性があります。


・・・

そして、「小規模漁業は規制しないで良いのでは」という声が目立つのがクロマグロ。

「大規模漁業会社が水産庁とグルになって科学データを捻じ曲げ、漁業規制逃れをしている」なんていぶかしがる声が絶えません。


確かに、大規模漁業が資源に与えるダメージには、十分に検証されていない部分があります。検証し、必要に応じて大規模漁業をより厳しく取り締まることも考えるべきでしょう。

 

ですが、日本は世界の先進国の中でも、小規模漁業者の人数がトップクラスに多い国。

先進国なので、魚群探知機などのハイテク機器も使え、かつ人数が多い。そのため、たくさんの魚を獲れるのです。


国際機関の分析によると、太平洋クロマグロに与えるダメージのうち32%は、西太平洋(≒日本)の沿岸小規模漁業。西太平洋(ほぼ日本、少し韓国)の巻網が52%を占めているのよりは少ないですが、それでもかなりのダメージを与えていることになります。


少なからず「小規模漁業は理不尽な規制を受けている、大規模漁業だけ規制しろ」という発信がありますが、それは適切とは言い難い…これが、現状のデータからでる結論です。


にも関わらず、今月も北海道で漁獲枠をオーバーした小規模漁業が、水産庁からの制止を振り切ってクロマグロを獲り続けるなど、資源保全に協力的でない漁業も少なからずみられます。


こうして協力でない現場が現れると、他の漁村まで「自分たちも協力したくない」となり、漁業規制がなし崩しになりかねません。


小規模漁業関係者も「魚を未来に残すために、自分たちの協力が必要なのだ」と当事者意識を持つ必要があるでしょう。


・・・


人情として「弱き(小規模漁業)を助け強き(大規模漁業)をくじくこと」を正しいと感じるのは自然なことです。

元々は筆者もそういうタイプの性格ですし、国連機関だって小規模漁業の保護を謳っています。

 

ですが、小規模漁業でも大規模漁業でも、漁師さんは家族や仲間の生活を守るために仕事をしています。

漁師さんたちが(恐らく無自覚なうちに)「自分たちの獲り分を多くしよう、他の漁業の獲り分は少なくなるようにしよう」とするのは当たり前ですし、責められません。

 

だから、小規模漁業者の意見「だけ」を優遇すれば、必要以上に大規模業を貶めたり、小規模漁業に必要な管理が抜け落ちたりしかねない。そこだけは、忘れてはいけません。


感情は大切にしつつも、「感情が状況判断を狂わせるかもしれない」と自覚しながら情報と向き合わなければ、情報を客観的にみて効果的な対策を取ることが難しくなる

筆者は、こうまとめたいと思います。

 
ご意見、ご反論、お待ちしております。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

 

前回、筆者は

「日本の漁業界では環境条件などを言い訳に、必要な『頑張りすぎ規制』まで入らないことがあった。この背景に『日本漁業は頑張りすぎでは』という意見を敵視したり軽視したりする空気がある」

と書きました。

 

こうした空気は、業界側の「漁業を守りたい」という気持ちの現れであり責められません。

しかし、この空気のせいで、業界が「頑張りすぎ」問題を客観的に捉えられなくなっていた

そして問題解決が先送りになっていたことは否めません。


この空気感といかに向き合うかが、日本漁業復活への最大の鍵だと筆者は考えています。

 

「そんなこと本当にあるのか」と思った読者の方も多いでしょう。

漁業関係の方には厳しい指摘になりますが、実例と背景分析を書いてみます。

 

・・・

 

筆者が水産行政関係者・科学者・ベテラン記者らと話をしていると

今まで、国内漁業の『頑張りすぎ』を指摘する科学者は、漁業規制を嫌う漁業界や、業界との揉め事を恐れる行政ににらまれてきた。だから科学者は、資源の状態を楽観的に見積もらざるを得ない。

過去には水産庁から科学者に、データそのものの改ざん(例:北洋サケマス漁の漁獲量過少報告など)も強要していた。こうした空気は変えないといけない

という声が絶えません。

 

代表例はマイワシ(太平洋)です。環境条件のせいで1990年代前半に減少した後、2007年ごろまで漁獲規制が強まらず追い打ち。資源は崩壊しました。

 

ただ、水産庁や関係団体は、少なくとも去年まで「マイワシの減少は環境要因が主因」「日本の漁獲減少の主因はマイワシの減少(日本の資源減は「頑張りすぎ」のせいではない)」と説明していました。

要するに「日本の漁獲が減ったのも『頑張りすぎ』のせいではない、日本の漁業管理に問題はない」という発信です。

 

「マイワシは『頑張りすぎ』で追い詰められた」と論文には出ていた(リンク参照)のですが、それを口にしてはいけない空気が、関係する科学者や行政官の間にあったと聞きます。

 

・・・

 

そもそも、漁業関係全国団体や水産系大学には

「日本で、漁業管理はすでに十分されている。これ以上漁業規制を強めようとするのは漁業を邪魔しようという悪だくみに違いない」

と本心から思っている方が多いです。

だからこそ彼らは日本の漁業を守るためという善意で、漁業規制に反対します。

 

業界として、「漁業規制を強めよう」という人を悪人とみなしがちなのです。

「漁業規制を入れた方が魚は増えるし、漁師さんも儲かるよ」と根拠立った説明をする人がいても、ちゃんと理解する前から「悪人の言葉には乗らないぞ」と拒絶してしまったりする。

(特に、環境団体や欧米政府を悪者と決めつけてしまう関係者が多いです)

 

もちろん、内心では「本当は日本の漁業、『頑張りすぎ』だよね」「環境団体のいうことにも一理あるよね」と思っている漁業関係者(特に研究者)はいるのですが、上のような空気の中でなかなか本音を言えません

 

一方で、「魚が減った理由は環境変動や中国のせいだ」「魚は減っていない」「日本の漁業管理は世界最高レベル」などなど「日本の漁業は今のままで良い」という方向性の意見は、根拠が不十分でも業界の支持を得たりする。

こういう意見を言う人は「漁師のことを考えている」「日本漁業をよく勉強している」と高評価され、業界への発言力を増していく。

 

こうなると業界に集まる情報の幅がどんどん狭くなって、客観的な状況判断がしづらくなります。


「漁業の『頑張りすぎ』で減っている」という魚種が90あって、「『頑張りすぎ』でない」という魚種が10しかないとしても…

「頑張りすぎでない」10魚種の情報ばかりに注目して、「漁業は今のままで良い」と結論付けてしまう。そんな空気です。

 

・・・

 

なぜ、漁業関係者は「頑張りすぎ」を指摘する人、特に欧米や環境団体をそこまで嫌ってしまうのでしょうか。


筆者は
①遠洋漁場から追い出されてきた過去

②日本漁業の歴史に対するプライド

の2つがポイントだとみています。

 

【①遠洋漁場から追い出されてきた過去】
1970~90年代、欧米主導で国際的な漁業規制が厳格化。

日本の漁船が海外や公海の漁場を追い出され、廃業するケースも相次ぎました。

 

環境団体主導で科学データや法律を捻じ曲げて解釈され、強引に捕鯨を止められたこともありました。

この経験から、特に60代以上の水産関係者は「欧米や環境団体の進める漁業管理を受入れたら、商売をつぶされる」と警戒心を持っている場合が多いです。

 

【②日本漁業の歴史に対するプライド】
漁業関係団体の方の多くは、「日本の漁業界は自主的に魚を守ってきた」という歴史
(問3参照)にプライドを持っています。
そして、戦後、世界中の漁場を開拓し、しばらく漁業生産量世界一として突っ走り、世界の水産業を引っ張ってきたというプライドもあります。


部外者から「日本漁業は『頑張りすぎ』では」「欧米が『頑張りすぎ』を止めて魚を増やしている」という指摘を受けると、「歴史もロクに知らない人間が、素晴らしい日本の漁業をバカにするのか」と熱くなってしまう場合があります。

①②から、漁業関係の各団体に「日本の漁業管理はすでに世界最高レベル。漁業規制は漁業界の邪魔だ」…という価値観が根付いたのだと筆者は捉えています。

 

・・・

 

そして、世界中、多くの漁師さんは漁業規制を提案された時「漁業を規制されたら目先の漁獲と収入が減る。ただ、規制されても、将来魚が増える保証はない」と考え反対します。


その時、行政や政治など「お上」サイドが、「漁業の未来のために規制が必要です」と説明できるか。

あるいは「反対されても、未来のために規制は断行します」と言うかどうか。


日本では漁師さんの人口・発言力が大きく、環境団体の人口・発言力が小さいです。

「お上」サイドは漁師さんサイドとの揉め事を嫌い、環境団体サイドを無視する形で、説明や規制を先送りにしてきた…という部分も大きいです。


こうして、日本の漁業界では「頑張りすぎ」を指摘すること自体、許されない空気がつくられてきた。

これが筆者の現状認識です。


・・・

 

とはいえ、漁師さん「だけ」が主導し漁業規制を緩くしていると、「頑張りすぎ」で魚がいなくなり、漁師さん自身が損をする

むしろ、科学者の知恵も借りてしっかり漁業をコントロールしてこそ、末永く、魚が獲れ続ける。それが漁業や水産業の得になる。過去の日本(問4参照)を見ていても、そこは否定できません。

 

日本の漁業が過去に「頑張りすぎた」としても、それは一生懸命働いたというだけ。その過去を恥じたり、自尊心を損ねたりする必要はない。

ただ…漁業を本当に復活させたいのなら、頑張りすぎた過去を無かったことにせず向き合って、考え方とやり方を修正する必要がある。

 

筆者はそう結論します。


読者の皆様はいかがが思われたでしょうか。

ご意見、ご反論等いただけますと幸いです。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載


ここで水産業界の方がよくおっしゃる意見として

「環境変化のせいで魚が減ったのであって、『頑張りすぎ』ではないんじゃないの?」

…というものがあります。


おっしゃる通りで、環境条件が魚の資源量に与える影響はとても大きいです。

魚が減った背景として、環境条件の変化は必ず頭に入れないといけませんね。

そして、今から数十年以内に、環境問題は魚資源により大きなダメージを与える危険性があり、今から対策が必要です。

 

ただ、近年までの日本では環境条件を理由に、必要な漁業規制まで入れられなかった部分があります。今後、注意しなくてはいけません。

 

・・・

 

水温や海流、餌の豊富さなどの環境条件によっては、漁業と関係なく魚が激減することがあります。

特にイワシやサバ、マグロなど、浅い海を広く回遊する魚は環境の影響を受けやすい。

 

ポイントは「0歳魚の加入(卵や仔魚の自然界での生き残り)率」です。

この率が上がるか下がるかは、その魚種に合った水温や餌条件などが整うか=環境要因に左右されます。

環境条件がハマっている数年間は特定魚種が爆発的に増えたり、条件の合わない魚種が激減したりするのです。

太平洋系のマイワシを例にすれば、4年で9割近くがいなくなったりしたこともあります。

https://www.spf.org/opri-j/projects/information/newsletter/backnumber/2011/257_2.html

 

また、今は大気中の二酸化炭素が増えて海の酸性化が進んでいます。

この結果、海で一部のプランクトンやサンゴが育ちづらくなっています。

http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/mar_env/knowledge/oa/acidification_influence.html

 

プランクトンやサンゴは海の中で、魚の餌となる栄養分を育んでいますが、彼らがいなくなれば…魚に獲って悪い環境条件が、これからずっと続いてしまうかも知れません。本当は、今のうちからもっと対策を話し合うべきでしょう。


それと対策が遅れがちな環境悪化として埋立などの海浜開発があります。

開発は沿岸の磯や藻場、干潟に暮らす魚種に大きなダメージを与えていると思われますが、日本では、埋立のダメージ示す科学的な調査があまり行われていない印象です。


こうした環境条件を無視し、魚が減れば「何でもかんでも漁業が悪い」と言わんばかりの議論がありますが、これはちょっと乱暴です。

 

・・・

 

ただし、環境条件の話には注意が必要です。

「魚が減った主因が環境要因=漁獲ではない」からといって「だから漁獲を規制する必要はない」と考える人が少なくないからです。


資源が減った魚種にこそ、手厚い保全・漁獲規制をしなければ資源が崩壊してしまいます。

ですが、これまでの日本では環境条件を言い訳に、必要な『頑張りすぎ対策』まで入らないことがありました(実例は次回)。


この背景として大きいのは、水産業界の空気だと筆者は捉えています。

「日本の資源が減ったのは漁業者の責任ではない、日本の漁業管理に問題はない」という人が好かれる一方で、「漁師さんの頑張りすぎ魚が減っているのでは」という人を敵視したり軽視したりする風潮があるということです(こちらも実例は次回)。

漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

最近、頑張りすぎ問題でよく非難されているのが近隣国、特に中国です。

 

たしかに、マサバやスルメイカなどに関しては、中国が無秩序に獲っているせいで日本近海の資源が脅かされています

また、北朝鮮や台湾、ロシア、韓国の漁業に脅かされている魚種もいます。

 

ですが前回の通り、国内の主要魚種の多くは、日本人の「頑張りすぎ」で減っています。

「外国だけ」「日本だけ」のせいにせず、両方に対策しないといけません

 

・・・

 

去年から中国の漁船が日本の道東三陸沖に現れ、サバを大量に獲っています。

日本は近年、サバ漁に科学的な規制を強めているものの、中国の漁には科学的な規制がありません。しかも中国の獲る量の半数近くは違法船によるもので、コントロールが効いていないもよう。

このままではサバ資源にダメージが出てしまいそうです。

https://jp.sputniknews.com/world/201704143535238/

 

去年から今年、記録的な不漁にあえぐスルメも中国船に追い詰められています。

中国漁船は昨年、北朝鮮水域で日本の倍近くを獲った可能性があります。

北朝鮮船が日本水域に密漁に来るケースも去年から増えています。

これらは現在激減中のスルメ資源に追い打ちをかけていると考えられます。

http://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/69750

 

外国船の多獲がよくニュースになっているのはサンマ。サンマ漁でも中国が槍玉に挙がっていることが多いですが、2016年の漁獲シェアでみると1位は台湾。2位以下に日本、中国、ロシア、韓国が続いています。

そして台湾や中国、ロシア、韓国は日本と比べてサンマ漁の規制に消極的。今年のサンマ資源は過去最低レベルに少ない様子なので、漁獲で追い打ちしないよう、各国に協力してもらえるよう促す必要があるでしょう。

http://tnfri.fra.affrc.go.jp/press/h29/20170804/20170804sanmayohou.pdf

 

このほか、外国船が日本近海で無秩序な漁をしている例としては、韓国船のタチウオ漁、台湾船のマチ類漁、ロシアのタラ類・カレイ類漁などが有名です。

 

このように、外国漁船が日本近海の魚にダメージを与えているケースは、間違いなくあります。これらには外交などによる対策が必要でしょう。


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ただし、何でもかんでも外国船「だけ」のせいにしないよう注意が必要です。

 

例えばサンマ。サンマの成熟の速さや漁獲死亡率の低さを考えると、今の資源の減少は乱獲が主因とは考えづらいです。何かしらの環境条件のせいで資源が減っていて、そこに追い打ちをかけないような保護策が必要…というのが適切です。

しかし、大手メディアの報道の多くは「外国船の乱獲でサンマ資源がピンチ!」という論調。しかも、日本の半分しか漁獲量のない中国を槍玉に挙げているケースがかなり多い。

 

要するに、外国を叩くことありきで、誇張したり捻じ曲げたりした情報が溢れているということです。

確かに、「日本漁業は悪くない。悪いのは外国」と言っていたら、外国嫌いの視聴者・購読者は喜んでくれるでしょう。

そして、日本国内の漁業関係者を批判する必要もない。だから、漁業関係者から怒られる心配もありません。

 

ですが、前回お書きしたように、日本の主要な魚種の多くは日本漁業の「頑張りすぎ」で減っている可能性が高いのです。

この問題は、外国だけのせいにして対策を怠っていても解決しません。

 

例えば、今や絶滅危惧種の太平洋クロマグロ。日本は「ウチだけでなく韓国も太平洋クロマグロを獲っている。韓国が漁獲規制しないから日本も厳しい規制をされたくない」と言ってきました

ですが、日本は太平洋クロマグロ漁獲シェアの6~8割、韓国の10倍ほどを獲っています

韓国の存在を言い訳に、漁業規制が遅れてきた面は否めません。もっと前から日本(と漁獲シェア2位のメキシコ)さえしっかり漁業規制すれば、ここまで減ることはなかったはずです。

 

今、太平洋クロマグロの漁獲規制が厳しいせいで苦しんでいる漁師さんが日本中にいます。

ここまで苦しい規制が必要になった背景には、日本側の対応の遅れもあったのです。


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対応が後手に回らないような工夫が、これからの漁業に必要ではないでしょうか。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

ただ、日本の漁業界には、200年以上も自主的な資源保全策が根付いています(第3問参照)。

「なのに『頑張りすぎ』なんて起きるの?」と疑問に思った方は多いはずです。


たしかに漁師さん主導で「保全活動をしている」のは間違いありません。ですが、それだけで「保全が十分」とは限りません

漁師さんだけでなく科学者の知恵も入れた方が、「十分な」対策に近づけます

 

そして、酷なようですが…今の日本に「十分な」対策が多いとは言い難いです。


日本の漁業界には「科学的で厳しい漁業規制は漁獲を邪魔するもの」という意識が根強いですが、長い目で見れば、今まで「漁業規制の『不足』が資源と漁獲を損ねてきた」部分が強い…のではないでしょうか。


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昨年度末現在、全国では水産庁主導の資源管理計画1930件が実施されていますが、これら計画のほとんどは漁業者団体などが主体でつくっているもので「科学的な裏付けがないとの批判が、自民党水産部会の議論などで出ています。

 

一方で、日本の資源回復の成功例として有名なものは、科学者の助言を取り入れたものがほとんどです。

マサバ(太平洋)、マイワシ(太平洋)、サワラ(瀬戸内海)、イカナゴ(伊勢湾・三河湾)、アカガレイ・ズワイガニ(京都)、ナマコ(留萌)、ホッキガイ(苫小牧)など、いずれも科学者の介入後に回復が目立ち始めました。


次に、実際の「頑張り過ぎ」の例を、連載第2問の例に合わせて挙げてみます。

 

1.=漁獲割合が高すぎる:政府の分析http://abchan.fra.go.jp/digests28/index.html で「動向・減少」とされている魚種に多いです。

 

1.の代表例 ホッケ(道北):現在、科学者サイドは「資源回復には漁獲割合を7割減らす必要がある」と勧告。漁業者サイドの行う「漁獲努力3割削減」では、必要なレベルに追い付いていません。事実、資源の減少傾向にも歯止めがかかっていません。

http://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/67584

 

1.の代表例 スケトウダラ(日本海北部):漁獲割合を下げるべきとの科学者の勧告に漁業者は「漁場にはスケトウが多い。漁獲を減らす必要はない」と反論。ただ、調査では「漁場となる産卵場には、資源の少ない今でも魚群が密集する。一方で、産卵場以外での生息密度が激減している」との結果が出ています。

http://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/67096

 

2.=親魚不足:政府サイトで「水準・低位」とされている資源の多くです。

「低位」の基準についても、今年、水産庁と水研機構が「これまで諸外国と比べて甘くなっていた。見直すべき」と言い始めています。

 

3.=小魚保護の不足:政府サイトの魚種のうち「未成魚への漁獲圧が高い」「漁獲開始年齢を上げることで資源を有効利用できる」などと書いてある魚種。つまり、サイト中のほとんどです。

 

2.&3.の代表例 クロマグロ(太平洋):漁獲尾数の98%が2歳以下の未成魚。資源は増加を始めているものの、依然として過去最低レベルにあります。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/tuna/maguro_gyogyou/attach/pdf/bluefinkanri-9.pdf

 

3.の代表例 底魚全般(福島):資源の資源量指標値(CPUE)が、本格操業停止後に軒並み数倍に増えました。例えばマダラは推定資源量が4倍に到達。原因については国の科学者複数人が「未成魚が漁獲を逃れ、1尾あたりのサイズが大きくなったことが主因」と話しています。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komatsuriken/20151215-00052456/


・・・

 

最後までお読みいただいてありがとうございます。

個人ごとの見方・捉え方が異なりやすい繊細なテーマを扱いました。


ご意見、ご反論などお持ちの方もいらっしゃるかと存じます。

ぜひフィードバックをいただけますと幸いです。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

でも、「ちょっと待って!日本の漁師さんは自主的に資源を保全してるじゃん?」

そうツッコみたくなった読者の方も多いはずです。

 

実際、その通りです。日本では自主的な資源保全が浸透しています。

特に、漁師さんの自主性を生かして計画立てていること、漁師さんの人数がコントロールされていることは世界的にも先進的です。

 

・・・

 

日本では、奈良時代の法律に魚の獲りすぎを戒めるような文言が明記されています。そして江戸時代には幕府が、現代の「漁業権」の原型となる法律をつくりました。

漁業権を与えられた漁業者同士・漁村同士は話し合いをし、使ってはいけない漁法・漁期などを定め続けてきました。

http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/nri1705re1.pdf

 

行政が(実質的に)漁協組織だけに漁業権を与え、漁協が中心となって漁師さんが増えすぎないようコントロールしたり、地先の海の漁業規制をつくったり

そういう取組が、ほとんど途切れずに200年以上も前から続いてきたのです。

 

欧米で法的な漁業規制が本格導入されたのは1970年代以降ですから、その歴史は50年にも満たない。そして欧米以外での法整備はさらに後です。

日本は「頑張りすぎ」対策で世界の先を行っていました。

 

しかし、その後、漁業技術が発達。漁船にエンジンや魚群探知機、頑丈な漁網などが普及。

結果、「自主的な資源保護策が浸透している」のに「『頑張り過ぎ』は進行している」。

この、一見矛盾した状況が現実になってきているようなのです。

日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える今回の連載

では、そもそも漁師さんの「頑張り過ぎ」って、何のことでしょうか。

 

主に

1.海にいる魚のうち漁獲されるものの割合が高すぎるため、現状よりも資源量を減らしてしまうレベルの漁獲割合

2. 海の中に、本来必要な親魚量を残せない漁獲量

の2つです。

 

この2つの原因として

3.(避けられないケースも多々ありますが)大型個体に成長する前段階での漁獲

も目立ちます。

ご覧いただきありがとうございます。
日本漁業の「獲りすぎ・頑張りすぎ」について考える連載【頑張りすぎていませんか?―変わる漁業と、現場の不安と―の1回目。これから宜しくお願いいたします。

 

さて、漁師さんの「頑張りすぎ」を指摘する人に対しよくある反論の1つ。

「漁獲が減ったのは、魚ではなく漁船や漁師さんが減ったからじゃ?」。

 

たしかに魚種によっては魚自体ではなく、漁師さんが足りないせいで獲れなくなっています

例:ニギス(太平洋系 903ページ)http://abchan.fra.go.jp/digests28/details/2828.pdf

また、貝や海藻などでは人手不足によって資源が採り切れない場合も多いようです。

 

ただし多くの魚種はやはり資源自体が減っているという見方が自然でしょう。

「1回漁をしたら平均何トン魚が獲れるか」という数字が下がっているからです。

漁業者が減っただけで魚が減っていないとすれば、この数字は落ちないはずです。

 

政府の調査では、主要魚種の半分近くが「低位=量が少ない」と診断されています。

http://abchan.fra.go.jp/digests28/index.html

(具体的な数字を見たい方は、魚種別系群別の「単位漁獲努力量あたりの漁獲量=CPUE」を見てみてください)

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